今宵は片隅で
――リンハルトもさ、オレとそういうことしたいって思うことあるのか?
旅先の宿でカスパルにそう訊ねられ、リンハルトは素直に答えた。僕は君を抱きたいと思っている、と。その上で、カスパルにその意思がないのであればそれを強要するつもりはないとも伝えた。
幼なじみであり親友でもある二人は、旅先で少しずつ「友達」とは異なる関係になりつつあった。愛情を伝えたいときに口付けをしたり、手を繋いでみたり、時には抱き締め合ったりもした。
ただ、その行為が恋人同士のそれなのかと言われるとリンハルトには自信がなかった。そもそもカスパルは他人に性的な欲求を抱かない性質のようだし、恋愛ごとには興味がないとはっきり口にしていたから。
カスパルに好かれているという自負はあった。だが、それが自分がカスパルに向けている愛情と同種かどうかはわからない。そんな曖昧な関係のまま体を繋げるわけにはいかない。そう思っていたのだが――
「……やらねえの?」
浴室から出てきたカスパルは、神妙な面持ちで寝台に腰掛けるリンハルトの顔を覗き込む。情事の前とは思えないほど緊張感のないその様子に、リンハルトの不安は募っていくばかりだった。
「カスパル、念の為に聞くけど、ちゃんと意味わかってるんだよね?」
普段通りの平静さを装ってリンハルトは訊ねる。
カスパルと体を繋げたいという気持ちは確かにあった。ただ、それはリンハルトにとってさして重要な事柄ではないのだ。カスパルがこのまま友人としての関係を望むのであれば、リンハルトはその欲求に蓋をし続けるつもりでいた。
「馬鹿にすんなよ、オレだって男同士の交合がどういうものかくらい知ってる」
カスパルは不満げに眉根を寄せ、リンハルトの横にどかりと腰を降ろす。
馬鹿にしているわけではない。カスパルは行為そのものは知っているようだが、行為によって互いの関係が変化してしまうことへの不安はないのだろうか。リンハルトはそれが訊きたかった。
「本当にいいの?」
「しつこいぞお前」
カスパルは呆れたように言いながら、リンハルトの手に自分のそれを重ねた。風呂上がりのせいだろうか、いつもより少しだけ高い体温を感じてリンハルトの鼓動が高まる。
「僕は確かに君と深い仲になることを望んでいるけど……でも、こんなことしなくたって僕は君のことを嫌いになったりはしないよ」
「そんなことはわかってるよ。嫌なら最初から断ってる。オレの意思だよ、これは」
カスパルは真っ直ぐにリンハルトの目を見つめてくる。水色の双眸に自身が映り込むことに耐えられず、リンハルトふたたび顔を背けた。
「怖がってんのはお前じゃないのか、リンハルト。お前が、オレに嫌われることを恐れてるんじゃないのか?」
「……それ、は」
図星を突かれた気がしてリンハルトは言葉を失う。
もしも自分が我を失うようなことがあって、カスパルに拒絶されたらと考えると恐ろしかった。いまの心地よい関係が崩れてしまうかもしれないと思うと、これ以上の関係に踏み出すことが億劫だったのだ。
「オレだってお前の望んでることは叶えてやりたいって思ってるんだぜ。だから、もっと欲張ってくれていいんだ。少なくともオレは、お前との関係が変わったところで後悔したりはしない」
カスパルの言葉は明瞭で迷いがない。
彼はとっくに覚悟を決めていて、リンハルトの気持ちを受け止めるつもりでいるのだろう。それはおそらく、リンハルトに意思を訊ねたときからだ。
そうなのであれば、その気持ちを蔑ろにするのは不誠実というものではないだろうか。
抑え込んでいたものが溢れ出しそうになる感覚に身を委ねるようにして、リンハルトはカスパルの腕を引いて唇を重ねる。
最初は触れるだけの口付けだったが、すぐにそれだけでは足りなくなった。一度離れて、再び重ねる。口づけは次第に深くなり、熱い舌先が触れ合う感触に夢中になった。
息継ぎの合間に漏れ出る吐息さえも飲み込むように、何度も口付けを繰り返す。カスパルの口からくぐもった声が上がるたびに体の奥底から熱い衝動が込み上げてきて、リンハルトはそのままゆっくりと幼なじみを寝台に押し倒した。
「僕にこうされるの、嫌じゃないかい?」
カスパルが拒絶できるように、リンハルトはあえて逃げ道を用意したつもりだった。
いざ押し倒される段階になって嫌悪感が湧いたというのであれば、そう言ってくれればいい。いまならほんの冗談だったのだと、笑って引き返せる段階のはずだから。
だが、カスパルは小さく首を振って「嫌じゃねえよ」と答えた。
「お前こそどうなんだ? 途中で怖気付いたんじゃねえだろうな」
カスパルは挑発的な笑みを浮かべ、膝頭でリンハルトの中心を刺激してきた。突然与えられた刺激に思わず腰を引くと、カスパルは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「……煽らないでくれないかな。加減できなくなっても知らないよ」
「加減できないとどうなるんだ?」
カスパルは口角を上げたまま問い質す。言葉の意味がわからないというわけではなく、リンハルトがどう答えるかを試しているように見えた。
「どうって……乱暴にしてしまう、とか? もしかしたら、怪我をさせるかもしれない」
「お前がオレにそんなことするわけないだろ? お前、オレが怪我するのを嫌がるじゃねえか」
「……僕だって常に自分を制御できているわけじゃないんだよ。自分を失って君にひどいことをしてしまうこともあるかもしれない」
「別に、それでも構わねえよ」
カスパルは両腕を伸ばし、リンハルトの首に回して引き寄せた。
「オレのこと信じろよ。お前がどんな顔を見せたって、オレはお前のこと嫌いになったりしねえ。隠してるもん、ぜんぶ見せてみろよ」
耳元で囁かれた言葉に誘われるようにして、リンハルトはカスパルの体に覆い被さる。隠しているものをすべて見せて――それでも彼はいままでのように笑顔を向けてくれるのだろうか。
「本当に、いいんだね?」
「ああ」
カスパルは迷いのない声で答える。そしてリンハルトの首に腕を回すと、顔同士がぶつかりそうなほどの距離まで引き寄せた。
「来いよ」
薄く開いたカスパルの唇に誘われるまま口付けを落とす。何度か角度を変えて啄むようにした後、ゆっくりと舌先を押し込んだ。
歯列をなぞり、上顎の裏側を舐める。互いの唾液を交換し合う水音が耳に届くたび、頭の芯が痺れるような心地良さを覚えた。
口付けを交わしながら、リンハルトはカスパルの衣服を脱がせていく。日に焼けて小麦色になったカスパルの肌には無数の傷痕が浮かんでいた。
これはガルグ=マクの戦いのときの、こっちはグロンダーズ会戦のときの――ひとつずつ思い出しながら指先で辿っていくと、カスパルはくすぐったがって身を捩らせる。
「なんだよ、リンハルト」
「……僕は君がいまここにいてくれることが本当に嬉しい」
カスパルが生きて自分の目の前にいるという事実を確かめるように、リンハルトは首筋や鎖骨に口付けを落としていく。そのたびにカスパルはぴくりと体を震わせて小さく呻いた。
「僕も、あまりこういうのは慣れてないんだ。痛かったり苦しかったりしたら言ってほしい」
リンハルトはカスパル胸に顔を寄せ、小さな突起を周囲の膨らみごと口に含む。
最初は柔らかくふにゃりとしていたそれは、リンハルトの愛撫を受けて次第に硬度を増していった。弾力を帯びた突起を軽く吸い上げたり転がしたりするたびに、カスパルは上擦った声を上げる。
「あッ……!」
空いた方の手でもう片方の突起を摘まんでみると、カスパルはひときわ大きな反応を示した。普段の彼からは想像できないような艶めいた声が聞こえてきて、リンハルトはごくりと唾を飲み込む。
「んっ……なんか、変だ」
カスパルの声音は明らかに快楽を得ているときのそれだった。リンハルトは安堵するものの、カスパル自身は初めて味わう感覚に戸惑っているのか、不安げに瞳を揺らしている。
「気持ちいい? 悪い?」
「わかんねえ……」
カスパルは素直だった。
安心させるように水色の頭髪を撫でながら、リンハルトは再びカスパルの胸にしゃぶりついた。舌全体を押し付けるようにしてぐりぐりと押し潰すと、カスパルはびくんと背をしならせる。
「あっ! ……んんっ」
ちゅうっと強く吸ってから口を離し、今度は反対側を同じように可愛がる。両方の乳首を交互に責められているうちに、カスパルの呼吸はどんどん荒くなっていった。
カスパルが嫌がる素振りを見せていないことを確認しながら、リンハルトはカスパルの下肢に手を伸ばす。そこはすでに張り詰めていて、先端から透明な液体を滲ませていた。
「ここ、触ってもいいかい?」
「いちいち訊くなよ、そういうの……」
気恥ずかしそうに目を逸らすカスパルを見て、リンハルトは思わず苦笑した。
「ごめん、そうだよね」
リンハルトはカスパルのものを掌でそっと包み込み、そのままゆっくりと上下に扱き始めた。
他人に触れられることに慣れていないのだろう。数回手を動かしただけでカスパルは達してしまった。どろりとした体液が掌に広がる感覚に、リンハルトの下腹部がじわりと熱を帯びてくる。
絶頂を迎えたばかりのカスパルの顔はとても淫らだった。普段は決して見ることのできない表情を目の当たりにしたリンハルトは、衝動に任せてしまいそうになる自分をなんとか抑え込む。
「大丈夫? この辺にしておくかい?」
「……嫌だ」
カスパルは拗ねたような声で呟いた。
「まだ続きがあるんだろ。最後までしろよ」
「本当に大丈夫?」
「何度も言わせるなって。嫌なら最初から言い出してねえよ」
カスパルの言葉を聞いてリンハルトも覚悟を決めた。
寝台の脇にある棚から香油の入った小瓶を取り出し、中身を掌に取って体温で温める。カスパルは何をされるか察したようで、大人しくされるがままに身を委ねていた。
「なるべく優しくするからね」
カスパルの後孔に中指をあてがい、ゆっくりと挿入していく。カスパルは小さくうめき声を上げて眉根を寄せたが、痛みを訴えてくることはなかった。
「平気?」
「ああ」
「動かすよ」
ひとつひとつカスパルに確認を取りながら、リンハルトは慎重にそこをほぐしていく。
最初は浅いところで抜き差しを繰り返し、徐々に奥へと侵入させていく。内壁を傷つけないように気を付けながら指を増やしていき、時間をかけて丁寧に解していった。
「……ッ、んぅ」
カスパルは時おり苦しそうな声を上げていたが、痛いともやめろとも言わなかった。きっと、気持ちよくはないだろう。それでもカスパルはリンハルトを受け入れようとしてくれている。
三本の指が入るようになった頃合いを見計らい、リンハルトはカスパルの中からそっと指を引き抜いた。
すっかり息の上がった様子のカスパルを抱き締めると、彼の心臓の音が触れ合った胸板から伝わってくる。カスパルの鼓動は少し速くて、緊張しているのが自分だけではないのだとリンハルトは悟った。
「……いいかな?」
耳元で囁くように尋ねると、カスパルはこくりと首肯した。
「君の体に負担をかけたくないんだ。だから無理はしないでほしい。少しでも辛かったり痛かったりしたらすぐに言って」
念を押してから、リンハルトは怒張した自分のものをカスパルの秘部にあてがう。カスパルは一瞬だけ体を強張らせたが、すぐに力を抜いて大きく息をついた。
「いくよ」
「ん……ッ!」
狭い肉を押し広げて、リンハルトの亀頭が少しずつカスパルの中に入っていく。慣れない質量にカスパルは顔を歪めているが、それでも懸命に耐えてくれていた。
苦しいのはリンハルトも同じだった。初めて男を受け入れるそこは狭くてきつくて、いまにも引き千切られそうだ。カスパルのそこが馴染むのを待ちながら、リンハルトは時間をかけてゆっくりと根元まで埋めてゆく。
ようやくすべてが収まり切った頃には、二人とも汗まみれになっていた。
「……大丈夫かい? 動いても、いいかな」
リンハルトは息を荒らげるカスパルの前髪を掻き上げ、汗ばんだ額にそっと唇を落とす。
「ん……来いよ……」
カスパルの呼吸が落ち着くまでしばらく待ってから、リンハルトはゆっくりと腰を動かし始めた。最初は馴染ませるように軽く揺さぶるだけだったが、カスパルの反応を見ながら次第に動きを大きくしていく。
「あっ……! はぁっ……ん」
律動に合わせてカスパルの口から漏れ出る吐息は、だんだんと熱を帯びていった。苦痛の色は次第に失せ、代わりに快楽を得ているかのような甘い声が混じり始める。
リンハルトはカスパルの脚を抱え上げ、さらに深いところへ届くように激しく突き上げた。奥を穿たれる感覚にカスパルの体がビクリと震え、筋肉質な脚がリンハルトの腰に絡みつく。
「カスパル、好きだよ」
「んっ……オレも……ッ、あッ!」
カスパルの中はきつかったが、リンハルトのものにぴったり吸い付いてくるような感覚が心地良かった。抽挿を繰り返すたびに結合部からぐちゅりと卑猥な音が響き、鼓膜にまで心地よい刺激を与えてくる。
ふと視線を下ろすと、二人の腹の間でカスパルの性器が勃ち上がりかけているのが見えた。リンハルトはカスパルのそれを掴み、親指で先端を刺激しながら、とん、とん、と軽く奥を小突く。
「うぁッ……! あぁっ!」
性器と体内を同時に責められる感覚に、カスパルは喉を仰け反らせて喘いだ。
前への刺激によって意識がそちらに向いたのか、カスパルの体からは力が抜けていく。それを見計らってリンハルトは一気に最深部を貫いた。
「――っ!」
瞬間、カスパルはびくんっと全身をしならせて悲鳴のような声を上げる。カスパルの性器から勢いよく白濁が飛び出し、後孔がきゅっと締まってリンハルトのものを締め付けた。
カスパルの腰をぐ、と抱き寄せて股間同士を密着させると、カスパルもそれに応えるようにリンハルトにしがみつく。
搾り取るような内壁の動きよりも、耳朶を叩く熱い吐息よりも――自分を抱き締めるカスパルの肌の感覚がなによりも心地よく、リンハルトもまた小さく震えてカスパルの中で果てた。
情事のあと、カスパルはすぐに眠ってしまった。リンハルトは寝入る前にもう一度彼に口付けをして、自分の腕の中で安らかに眠る恋人の温もりを感じながら眠りにつく。
翌朝、目を覚ましたカスパルは開口一番に「腰痛ぇ」と愚痴を零した。
「ごめんね、痛いよね」
「まあ、戦場で負う傷に比べりゃあどうってことねえけどよ」
申し訳なさそうな表情を浮かべるリンハルトを見て、カスパルは苦笑いを浮かべる。
「……で、なんか変わったか? オレとこういうことしてさ。いまオレと話すの気まずいか?」
「ううん。全然」
リンハルトは首を横に振った。昨晩の行為を経て、確かに気持ちに変化はあった。だがそれは、どちらかというと好ましい変化だ。
「僕は君が好きだよ。すごく好きだ。だからもっと君のことを知りたいし、こうして触れ合っていたいと思う」
自分の隣で横になっているカスパルの手を取り、指を絡めるようにして握る。すると、カスパルも応えるかのようにぎゅっと握り返してきた。
そうやって二人はしばらくの間、寝台の上で他愛のない話をしながら互いの体温を分け合うように寄り添っていた。
幼なじみがどスケベサキュバス♂になったらしい
カスパルが行方不明になった。
リンハルトがその報を受けたのは、午前の軍議をさぼって(最初からさぼる気だったわけではなく、寝過ごした結果としてさぼることになったのである)自室でまどろんでいたときのことだった。
フェルディナントの話によれば、カスパルも軍議には顔を出さなかったそうだ。時間を厳守するカスパルが遅刻するのは珍しいが、そのときは遅刻だと思って誰も気にしなかったらしい。
異常事態が発覚したのは昼過ぎになってからのことだ。
私用で自室に戻ったヒューベルトがついでにカスパルの部屋を訪れたところ、声をかけても返事がなかった。しかし部屋の扉は施錠されておらず、不審に思って室内に足を踏み入れると、そこには荒らされた形跡があり窓が開いていたという。
この状況から推察するに、カスパルは何者かに拉致されたのではないだろうか?
……というのが、リンハルトが聞かされた話だ。
「カスパルが誰にも告げず軍務を放り出してどこかに行くとは考えにくい。リンハルトなら何かを聞かされているのではないかと思ったのだが……」
「残念だけど、僕も何も聞かされてないよ。でも、今日はバルタザールと手合わせするって張り切ってたから、カスパル自身の意思で失踪した可能性は低いんじゃないかな」
リンハルトは昨日のカスパルとのやりとりを思い出しながら答えた。
カスパルはバルタザールとの手合わせに執心している。その楽しみを自ら投げ出すような真似をするとは考えにくい。これはヒューベルトやフェルディナントら、主立った将校たちにも共有されている見解だった。
とはいえ、軍の要人たちが自ら探索に向かうわけにもいかず、カスパルの捜索が大々的に行われることはなかった。一部の者たちにその情報を共有し、新たな情報があった場合は知らせるように伝達するくらいのものだ。
リンハルトはもどかしい気持ちをかかえながらも、重役でもその嫡子でもないカスパルの捜索に時間と人員を割けないという事情がわからないわけではなく、忸怩たる気持ちで報告を待ち続けた。
そして数週間が経ったある日、唐突にカスパルは帰ってきた。カスパルの捜索とは別途で遺跡の探索を行っていた部隊が、遺跡の奥で倒れていたカスパルを発見したというのである。
カスパルは栄養失調で痩せ細っていたが、怪我はなく命に別状もなかった。ただ――なぜか悪魔の尻尾のようなものが尾骶骨のあたりから生えていたのである。
「カスパル、これ、どうしたの?」
カスパルの見舞いで医務室を訪れたリンハルトは、カスパルの尻で揺れる尻尾を指差す。
衣服を貫通したそれは神経が通っているのか、カスパルの動きに合わせてゆらゆらと揺れている。幸いなことにカスパルは普段から外套を羽織っているので、違和感なく隠すのは難しくないだろう。
「いや、それがわかんねえんだよ。知らねえやつらに変なところに連れて行かれて、妙な薬を飲まされて……そんで、目が覚めたら生えてた」
「尻尾以外に異常はない?」
「異常か……そういや、腹に変な模様が浮かんでるし、なんかすげえ腹が減るんだよな。救助されたあと飯もたくさん食わせてもらったんだけどよ、ぜんぜん腹が膨れねえんだ」
カスパルは自身の腹を擦りながら空腹を訴えた。捲り上げた服の隙間から見える腹には、何らかの紋様が浮かび上がっている。
「……もしかしたら」
カスパルの状態からとある推測をするに至ったリンハルトは、カスパルの頬に軽く口付けをした。突然のことにカスパルは目を瞬かせ、リンハルトの顔をじっと見つめる。
「急になんだよ?」
「いまので空腹感が減ったりはしてない?」
「うーん……わからねえ」
カスパルは首を傾げながらもう一度腹を撫でた。
「このくらいじゃ駄目か……」
「何が駄目なんだ?」
「もしかしたら、君のそれは淫魔(どスケベサキュバス♂)化なのかなと思って」
「どすけ……なんだそれ?」
訝しむカスパルにリンハルトは至極真面目な態度で答える。
「精を貪る悪魔のことだよ。いまの君の状態が、文献で読んだそれに近いなと思って」
リンハルトの説明にカスパルは首を傾げるばかりだ。話を振ったリンハルトすら猥談の類だと思っていたのだから、そのような反応をするのも無理はない。
「淫魔は人間のように動植物を食べ物とするのではなく、人間の精を食べ物とするんだよね。だから、性的な行為をすれば君のお腹も膨れるかと思ったんだけど……頬に口付けするくらいじゃダメみたいだ」
「性的な行為って言うと、あとはどういうのがそれになるんだ?」
「それはまあ、交合とかだね」
「……お、おう、そうか」
しれっと答えるリンハルトに対して、カスパルは若干気まずそうに言い淀む。
この反応からして、交合が何かは理解しているらしい。カスパルのことなので「なんだそれ?」などという返答がくる可能性を考慮していたが、どうやらリンハルトの杞憂だったようだ。
「腹を膨らます方法じゃなくて、この状態そのものを治す方法はねえのか? オレ、この体でうまくやっていける自信ねえよ」
「調べればあるのかもしれないけど、いまの僕が知る範囲ではないね」
カスパルの問いかけにリンハルトが答えた途端、目の前に晒されていたお腹がぐう、と切なげに空腹を訴えた。
「ずいぶん空腹のようだね」
「そりゃあ、交合なんてしてねえからな」
カスパルは眉根を寄せてリンハルトを見上げる。旅の最中や戦闘中など、空腹を余儀なくされることはこれまでもあっただろうが、食べても解決しないとなると余計に飢餓感が募るのだろう。
「そうだね……もしかしたら、性器の挿入を伴う交合だけでなく、代替行為でも飢餓感は凌げるかもしれない。ほら、口を使った性行為だって性行為は性行為でしょ。そこまでは無理にしても舌を使った口付けとか……」
「口付けか……それならまあ、オレにもできそうだな」
「やってみる? 口付けくらいなら僕でも相手になれるよ」
「いいのか? オレ、こういうの慣れてねえからリンハルトに任せてえんだけど」
リンハルトが「いいよ」と頷くと、カスパルは早速とばかりに目を閉じた。きちんと目を瞑るカスパルを意外に思いながらも、リンハルトは身を屈めてカスパルの顔に唇を寄せる。
カスパルの肩に手を置いて合図をしてから、少しかさついた唇をやんわりと食む。カスパルはぴくりと身動ぎをしたのちに薄目を開けて様子を窺ってきたが、すぐにまた目を閉じてリンハルトに身を任せてきた。
「ぅ……は……あ……」
舌を唇の隙間から潜り込ませ、カスパルの舌を探り当てて絡め取る。息が苦しいのかカスパルは鼻にかかった吐息を漏らしたが、それでもリンハルトの服の裾を掴んで懸命に応えようとしてきた。
「ふ……ぅ……ん……っ……」
カスパルは飢えを満たすために必死なのか、まるで赤子のようにリンハルトの舌に吸い付いてくる。その仕種に胸のあたりが熱くなるような感覚を覚えながら、リンハルトはカスパルの口腔を余すことなく愛撫した。
「ん……ふぁ……んぅ……」
息継ぎの合間に零れる吐息が艶を帯び、カスパルはすがるようにリンハルトの服の裾を強く握る。それを宥めるように背中を擦ってやると、体が弛緩したのかカスパルは膝を崩して床にへたり込んだ。
「……どう? 飢餓感は楽になったかな?」
リンハルトはカスパルを覗き込みながら問いかける。
カスパルはどこか夢うつつのような様子で惚けていた。頰は上気し、瞳はとろんとしていてすぐにでも眠ってしまいそうだ。人は食欲が満たされると眠くなるものだが、いまのカスパルはその状態なのかもしれない。
「あんま実感はねえけど……ただ……」
「ただ?」
「なんか、すげえ気持ちよかった」
恍惚とした様子で呟いたカスパルはリンハルトの服の裾をもう一度握り、頰を擦り寄せて体を密着させてきた。
「なあ、もっとしていいか……?」
――熱い吐息に、火傷してしまいそうだ。
そう思いつつもリンハルトは頷いて再度カスパルに口付けた。
「ん……ぁ……ふ……」
カスパルは夢中でリンハルトの舌に自分のそれを絡ませる。まるで咀嚼するようにリンハルトの舌を味わいながら、無意識のうちに腰を揺らして股間をリンハルトに押し当てていた。
カスパルの無意識の行動があまりにも刺激的で、リンハルトの下腹部がずんと重くなる。布越しに伝わる熱さに誘われるようにリンハルトも自分のそれを擦り付けると、カスパルの腰がびくりと跳ねた。
「は……ぁ……なんか、へんなかんじだ……」
カスパルは恥じらうように顔を伏せたが、無意識に腰を揺らしてしまうようで段々と声に熱がこもり始める。発情期の獣のように腰を振るカスパルの姿はあまりにも卑猥で、リンハルトの情欲を激しく掻き立てた。
「なあ、リンハルト……」
カスパルは腰をくねらせながら上着の裾をたくし上げ、リンハルトの手を掴んで自らの股間に導く。カスパルのそこは既に充分な熱を持っており、下衣越しにも屹立していることが確認できた。
「なんか、ここが熱くて仕方ねえんだ……リンハルトなら、どうすればいいか知ってるんだろ?」
「それは……うん。まあ、知ってるけど……」
リンハルトが頷くと、カスパルは期待に満ちた眼差しでリンハルトを見つめる。
リンハルトは一瞬だけ甘美な誘惑に負けそうになったが、それを振り切るようにかぶりを振った。
このままカスパルを抱いてもカスパルは拒まないだろうが――それはなんとなく卑怯に思えた。カスパルから誘ってきたという状態を言い訳にして、自分の欲望を正当化してしまうような気がしたのだ。
「いいかい、よく聞いて」
リンハルトはカスパルの体をそっと引き剥がすと、覚悟を決めてカスパルの瞳をじっと見つめた。
突然真剣な声色で話しかけたせいか、カスパルは戸惑いながらもこくんと頷く。
先程まで蕩けていたカスパルの瞳は理性的な色を宿し始めている。そのおかげで、リンハルトも落ち着いて話を続けることができた。
「君はいま、淫魔化しているせいで食欲が性欲に変換されてるんだ。でも、それは君本来の意思ではない。だから、性欲の赴くまま他人と体を繋げるべきではないと僕は思う」
「でもよ、体がなんかおかしいし、腹が減って仕方ねえし……どうしたらいいんだよ?」
カスパルは困り果てたように眉根を寄せる。そんなカスパルを安心させるようにリンハルトは言葉を続けた。
「口付けの相手くらいはするから……だから、解呪の方法が見つかるまではそれで我慢してくれないかな」
カスパルはしばらく考え込むように目を伏せていたが、やがて納得したのかこくりと頷いた。
「……わかった。リンハルトがそう言うんなら、そうするのがいいんだよな」
「うん、僕を信じてほしいな」
リンハルトが微笑むとカスパルも安心したように小さく笑った。
その日からカスパルは定期的にリンハルトの口付けを求めるようになった。朝、昼、晩――それこそ、食事をするのと同じ感覚で、リンハルトの口付けを求め続ける。
カスパルいわく、口付けでは満腹にはならないが、飢餓感はごまかせるらしい。リンハルトもカスパルとの口付けは嫌ではないし、それで彼が満たされるならと拒むこともしなかった。
「んっ……」
昼食後、二人はリンハルトの自室まで移動してカスパルの『食事』をする。
「ふぁ……ん、んぅ……」
リンハルトがカスパルに求められるままに唇を開くと、カスパルは恍惚とした表情で口腔を貪った。舌と舌を擦り合わせ、歯列をなぞり、上顎をくすぐるように刺激してくる。
淫魔化している影響なのか、それとも元々の技能なのかはわからないが――意外なことに、カスパルとの口付けは気持ちがよかった。
舌先だけで頭が真っ白になるような快感を与えられ、リンハルトも段々と理性が蕩けていくような感覚を覚える。これが淫魔の魔力だというのなら、確かにやっかいな悪魔と言えた。
「ん……んむっ……!」
息苦しくなり、リンハルトはカスパルの肩を叩いたが、カスパルはまったく離れようとしない。それどころかさらに口付けを深くして、ついには呼吸もままならない状態になってしまった。
「んぅ……ん……!」
リンハルトは慌てて両手でカスパルの顔を掴み、無理矢理に唇を引き剥がした。二人の間には唾液の糸が繋がり、段々と細くなったそれはやがてぷつりと切れる。
「ぷはっ、は……はぁ……」
リンハルトは肩で息をしながらカスパルを見つめた。だが、カスパルは物足りなさそうに唇を尖らせるばかりだ。
「なんだよリンハルト、もう少しくらいいいだろ?」
「だめ。このままだと僕が窒息死しちゃうよ」
カスパルは納得のいかない様子で首を傾げるが、リンハルトは構わず話を続けた。
「とにかく、今回はここまで。これ以上続けると僕も変な気分になっちゃうし……」
「変な気分?」
不思議そうに問い返すカスパルに、リンハルトは頰を赤らめて視線を逸らす。完全に余計なことを言ってしまった。性的な興奮によって思考力が低下していたのかもしれない。
「……君がそれを理解できるようになるまでは、口付けだけしかしないからね」
リンハルトは首を傾げるカスパルの肩を押して部屋から追い出すと、雑念を振り払うために読みかけの本を開いた。
それから更に数日が経過しても、カスパルの症状は一向に改善する兆しを見せなかった。相変わらずカスパルは空腹を訴え続け、リンハルトはそれを口付けで慰め続けている。
「……カスパル?」
リンハルトが口付けの余韻に浸っていると、ふと腕の中にいるカスパルの体から力が抜けるのがわかった。カスパルはリンハルトの腕の中でくたりと脱力し、荒い呼吸を繰り返している。
「どうしたの? 大丈夫かい?」
心配になって声をかけると、カスパルは緩慢な動作で顔を上げた。その顔は真っ赤に紅潮しており、瞳もどこか虚ろな印象を受ける。明らかに様子がおかしい。それに気付いてリンハルトは狼狽えた。
「具合が悪いのかい? 医務室まで連れていくよ」
「……いい。大丈夫だ」
カスパルは首を横に振るが、どう見ても大丈夫なようには見えない。しかしカスパルは頑なに大丈夫だと言い張って、その場から動こうとしなかった。
「本当に大丈夫なのかい?」
「ああ、なんとか……なあ、それよりもう一回してくれよ」
リンハルトは迷いながらも再度カスパルの唇に口付ける。カスパルの体は小刻みに震え、肌のいたるところが熱を持っていた。
「もしかして、君……発情しているの?」
リンハルトが尋ねると、カスパルは恥ずかしそうに目を伏せる。
淫魔としての本能と、カスパルの意思がせめぎあっているのだろう。苦しげに息を吐くカスパルを見下ろしながらリンハルトは考える。
このまま口付けを続けたとしてもカスパルの食欲は満たされないどころか、半端な給餌によって余計に飢餓感が増すかもしれない。だとすれば、カスパルが満たされるためには――。
リンハルトはごくりと唾を吞み込むと、意を決してカスパルの服に手をかけた。
「リンハルト……?」
戸惑うような声を上げるカスパルには構わず、彼の胸元をくつろげて素肌を晒す。その瞬間、甘い香りが立ち上ったような気がしてリンハルトは思わず息を飲んだ。
それは淫魔が放つ魔力のようなものなのだろう。脳髄が甘く痺れるような感覚がして、リンハルトは無意識のうちにごくりと喉を鳴らしていた。
鍛え上げられたカスパルの胸元は、日に焼けた肌と相俟って健康的な色香を放っている。淫魔となった影響なのか、中心にある二つの突起は既に膨らんでおり、熟れた果実のようにその存在を主張していた。
リンハルトは誘われるようにカスパルの胸へと顔を近付ける。汗ばんだ肌に鼻を押し付けて匂いを嗅ぐと、むわりとした熱気と共に甘ったるい香りが鼻腔を満たした。
その芳香を直接味わいたいという衝動に駆られ、リンハルトはカスパルの胸に顔を寄せる。そして膨らんだ突起を口に含もうとして――そこでやっと我に返った。
「……いや、やらない。やらないからね」
リンハルトは自制心を総動員してカスパルから離れると、大きく深呼吸して気持ちを落ち着けた。
このままでは理性が保てなくなりそうだと思い、リンハルトはカスパルから距離を取る。それでもなお香る甘い香りに頭がくらくらした。
「……なあ、リンハルト」
自分自身と戦っているリンハルトなど露知らず、カスパルはとぼけたような声色で話しかける。
「なに?」
リンハルトは努めて冷静に返事をした。
「気づいてたか? オレ、とっくに尻尾なんてないんだぜ」
「……えっ?」
瞠目するリンハルトをよそに、カスパルは外套の裾を捲ってみせる。誘導されるまリンハルトが視線を向けると、確かに尻から伸びていたはずの尻尾がなくなっていた。
「ってことは、つまり……」
「オレ、別に淫魔化のせいで興奮してたわけじゃねえぞ」
はっきりと告げるカスパルに、リンハルトは口をぱくぱくと開閉させて呆然とする。
「でも、なんだか君から甘い香りがしたよ」
「それは……わからねえ。単にお前がそう感じただけなんじゃねえのか?」
カスパルは首を傾げているが、リンハルトは納得がいかなかった。
「たぶん、時間の経過で治ったんじゃねえのかな。代謝って言うんだっけ?」
カスパルは裾を元に戻しながら見解を述べる。淫魔化の原因が薬品であるのなら、カスパルの言う通り代謝によって体外に排出された可能性は考えられた。
「なら、どうして僕に頼っていたんだい? もう口付けをする必要はないはずだよね」
「それは……その……お前と口付けしたかったっていうか……」
カスパルは恥ずかしそうに頭を搔きながらリンハルトの問いに答える。
「なんか、お前と口付けしてるとすげえ気持ちよくなるんだよ。腹だけじゃなくて胸もいっぱいになるし……あと、頭がふわふわするっていうか……」
「……君は淫魔化の衝動とは無関係に僕を求めてくれてたってことかい?」
「……そう、だな」
カスパルは耳まで真っ赤にして俯いた。その様子を見て、リンハルトは自分の胸の奥にも熱い感情がこみ上げてくるのを感じる。
「……ねえ、カスパル」
「なんだ?」
リンハルトは逸る心を抑えながら、ゆっくりと口を開いた。
「その……君が嫌じゃなければなんだけど」
心臓の音がうるさいくらいに鳴っているのがわかる。体中が熱を持ち、呼吸さえもままならないような錯覚を覚えた。それでも、ここで踏み込まなければきっと後悔することになると本能が告げている。
「もう一度、口付けさせてくれないかな。食事としてじゃなく、愛し合うために」
「お……おう」
カスパルは戸惑いながらもリンハルトに向かって両手を広げる。リンハルトは誘われるまま、カスパルの背に手を回して抱き寄せた。
「んっ……」
唇が重なると、待ち焦がれていたとばかりにカスパルの舌が口内に侵入してくる。それに応えるようにリンハルトも自分の舌を差し出し、絡め取るように擦り合わせた。
「はぁ……んむっ……」
カスパルはリンハルトの首に腕を回して体を密着させ、自ら積極的に舌を動かしてくる。その様子に驚きながらも、リンハルトは求められるままに彼の口腔を貪った。
カスパルの唾液は蜂蜜のように甘く感じられた。それはきっと彼が淫魔化していたからではなく、カスパルだからなのだろう。リンハルトはもうそこに言い訳を探さなかった。
「ぷぁっ……なあ、リンハルト……オレ、『変な気分』なんだけど……」
カスパルは切なげに眉根を寄せてリンハルトに擦り寄ってくる。太腿に当たる固い感触は、おそらく彼の男性自身だろう。
リンハルトはごくりと喉を鳴らすと、カスパルの腰に手を回しながら自分の体を押し付けた。
「うん……僕も同じだよ」
互いの屹立した陰茎が布越しに触れ合う感触に、二人揃って熱い吐息を漏らす。そのまま腰を動かして擦り合わせれば、痺れるような快感が全身を駆け巡った。
「ふっ、はっ、あ……これっ……」
「んっ……気持ち、いいね」
互いに息を荒げながら夢中で腰を振り続ける。
カスパルの誘いが淫魔化による衝動でないとわかったいま、リンハルトがそれを拒む理由も存在しなかった。
リンハルトはそっとカスパルを寝台に押し倒すと、彼の下肢に手を伸ばして下穿きごと衣服を引き下ろす。そして自分の衣服も脱ぎ捨て、互いに一糸纏わぬ姿になって肌を重ね合わせた。
「リンハルトの体、いつもより熱いな……」
「うん、僕もどきどきしてるみたいだ」
汗ばんだ肌は吸い付くように密着し、触れ合った場所から溶け合ってしまうのではないかと錯覚するほどだ。
リンハルトはカスパルの首筋に顔を埋めて強く抱き締める。その拍子に胸の尖り同士が擦れ合い、新たな刺激を生み出して二人同時に体を震わせた。
そのまま胸同士を押し付け合い、硬度を増したお互いの屹立を擦り合う。先走りでぬるついたそれは滑りが良く、擦れるたびにくちゅくちゅと卑猥な音を立てた。
「はぁっ……あぁ、リンハルトっ……これ、気持ちいい……」
カスパルはうっとりとした表情を浮かべながら腰を揺らめかせる。その動きに合わせるようにして、リンハルトもまた自身の陰茎を押し付けた。
「ふっ、んっ……」
カスパルは頬を上気させ、額に汗を滲ませながら快楽に浸っている。普段の彼からは想像もつかないほど淫らで艶やかな姿に、リンハルトは目眩に似た感覚を覚えた。
「カスパル、好きだよ」
リンハルトは汗ばんだカスパルの額に口付けて彼の股間へと手を伸ばす。そして互いの陰茎をまとめて握り込み、擦り合わせるようにして上下に扱き始めた。
「んぁっ……! あ、あっ……」
敏感な部分同士が触れ合う感覚に、カスパルは体を跳ねさせて身悶える。二人分の先走りで濡れそぼったそこは、手を動かす度にぐちぐちと淫猥な水音を立てた。
「はっ、あぅ……んっ、あぁ……」
カスパルはリンハルトの手の動きに合わせるようにして腰を揺らし、自らも快楽を得ようとする。しかし初めての刺激に上手く体を制御できないのか、その動きはぎこちなかった。
それでもカスパルは懸命に快楽を追い求めようとしているのだろう。その姿が愛おしくて、リンハルトは彼の胸元に顔を近づけて小さな尖りを口に含んだ。
「ひゃっ、あぅ……んんっ……」
カスパルは甘い声を上げながら身悶えるが、リンハルトを引き剥がそうとはしない。それどころかより深く密着しようと身を寄せてきたため、リンハルトはもう片方の突起を指先で摘んでくにくにと捏ね回した。
「ふぁっ、あっ……リンハルト、そこぉ……」
カスパルは蕩けた表情を浮かべてリンハルトの頭を抱え込む。カスパルの胸に顔を押し付けられる形になったリンハルトは、要望に応えるように乳首を舌で転がし続けた。
「気持ちいい?」
「んっ……気持ち、いい……」
カスパルは素直に答えながら、甘えるようにリンハルトの首筋に頭を擦り付けてくる。その拙い動作が言いようもなく愛おしく、リンハルトは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「僕も……すごく気持ちいいよ。ずっとこうしてたいくらいだ」
「オレも……っ、なんか、おかしくなりそうだ……」
カスパルは切羽詰まった声で訴えると、リンハルトの腰に脚を回してぎゅっと抱きついてくる。その拍子に互いの屹立が強く押し付けられ、電流のような快感が背筋を走り抜けた。
「ひっ! あぅ……これ、やべえかも……」
強すぎる刺激に驚いたのか、カスパルは怯えたような声を上げる。だがそれは決して不快なものではなく、むしろ未知の快感に対する期待が含まれているように思えた。
「気持ちいい? なら、もっと強くしようか」
リンハルトはカスパルの太腿を抱え込むようにして互いの屹立を密着させ、そのまま抽挿するようにして腰を動かした。
「ひゃあぁぁっ!?」
突然与えられた強烈な刺激にカスパルは目を見開いて悲鳴を上げる。だがその声はすぐに甘く蕩けたものに変わり、ほどなくして自ら腰を振り始めた。
「はっ、あぅ……これぇ……」
ぐちゅぐちゅと粘度の高い水音が響き渡る中、カスパルは陶酔しきった顔で快楽を貪っている。
リンハルトもまた、カスパルの屹立が裏筋を擦り上げる感覚に夢中になっていた。二人分の性器を掌で包み込んだまま腰を動かし、それぞれの亀頭をぐりぐりと押し付け合う。
「ふぁっ、あぁっ……リンハルト、オレ……もう……」
「うん、僕も……」
限界が近いことを悟ったリンハルトはカスパルの唇を塞ぎ舌を絡ませた。それと同時に手の動きも加速させ、粘膜同士を擦り付けるようにして激しく扱き上げる。
「んぅっ……!」
カスパルは声にならない悲鳴を上げながらリンハルトの掌の中に白濁を放った。どくんどくんと脈打ちながら大量の精液が溢れ出し、互いの腹や胸の上に飛び散っていく。それとほぼ同時にリンハルトも果て、カスパルの腹の上に熱い飛沫を散らした。
射精後の倦怠感に包まれながらも、二人は唇を合わせたまま余韻に浸っていた。その間も二人の身体は離れようとせず、互いに背や腰に腕を回したまま肌を重ね合わせている。
「ごめんね、気づかなくて」
「えっ?」
リンハルトがぽつりと漏らした謝罪の言葉にカスパルは首を傾げた。
「君は君自身の意思で僕を頼ってくれてたのに、ずっと淫魔化の衝動だと思い込んでいて……申し訳ないというか、情けないというか……」
リンハルトは気まずさから視線を逸らす。
その様子にカスパルはきょとんとした表情を見せたあと、耐えきれないといったふうに笑い始めた。
「なんで笑うんだい?」
予想外の反応に戸惑うリンハルトを見て、カスパルはさらに笑みを深くする。そして、そっと腕を伸ばしてリンハルトの頭を抱き寄せた。
「まあ、オレもそれを言い訳にしてお前に頼ってたんだからお互い様だろ。そうでもなきゃ、その……口付けしてくれなんて言い出せねえし」
カスパルは照れ臭そうに視線を彷徨わせながら頰を搔く。その様子を微笑ましく思いながら、リンハルトはカスパルの額に何度目かの口付けを落とした。
「僕は君に頼ってもらえて嬉しかったよ。君が僕以外の人と口付けをしたり、それ以上のことをすることになっていたら……淫魔化のせいだとは理解できても寂しかったと思う」
「へへ、そっか」
カスパルはどこかほっとしたような微笑みを浮かべ、リンハルトの首に腕を回してぎゅっと抱きついてきた。そのままどちらともなく唇を重ね合わせ、再び熱を持ち始めた体を重ね合わせる。
「なあ、リンハルト」
「ん?」
「……もう一回したいって言ったら怒るか?」
カスパルは少し不安げにリンハルトの瞳を覗き込んでくる。その可愛らしいおねだりに抗う理由などあるはずもなく、リンハルトは微笑んでカスパルの頬に口付けた。
「僕も同じこと言おうと思ってたんだ」
二人はくすくすと笑いながら互いの体に触れていく。
そしてもう一度愛し合おうと、寝台の上で重なり合った。
「けっきょく、カスパルを拉致した連中は何者だったんだ?」
後日、カスパルが回復したとの報を受けたフェルディナントは訝しげに眉を顰める。軍議が終わり、解散しようとそれぞれが席を立ち始めたときのことだった。
「『闇に蠢くもの』が関与している可能性もありますが、現状では特定できませんね」
同席していたヒューベルトは淡々とした口調で答える。
「カスパルの体調は大丈夫なのか、リンハルト?」
「うん、すっかり元気だよ。あれから特に異常も起こっていないし」
フェルディナントの問いにリンハルトが頷くと、整った級友の顔に安堵の色が広がった。
「何もないなら良いのだが……それならなぜカスパルは今日も軍議を欠席してるんだ? もし何かあるなら相談してほしいものだが……」
「いや……その……」
リンハルトが言葉を濁すと、周囲にいた面々の空気がざわめく。皆の視線が集まる中で、リンハルトは頰を搔きながら口を開いた。
「まだ体力が回復してないというか……僕としてはもうちょっと休んでほしいから軍事は欠席するよう勧めたんだけど……まあ、カスパルには僕から伝達しておくから問題はないよ」
「……ふむ?」
いつになく曖昧なリンハルトの物言いにフェルディナントは首を傾げる。
リンハルトと隣室のペトラやベルナデッタは何かを察した様子だったが、ここで追及すると余計に厄介なことになると判断したのか、そのまま何も口にしなかった。
旅の途中
その日、久しぶりに宿をとることができたリンハルトとカスパルは安堵の息をついていた。
旅の道中で魔獣に襲われた際に連れていた馬が逃げ出してしまい、徒歩で次の町まで向かうことになったのが数日前の話だ。
急ぎの旅ではないとはいえ、さすがに連日の野宿は体にこたえるものがあった。雨季のせいで雨風に体力を奪われ、地面もぬかるみ足取りは重い。
そんな悪路の強行軍を終えてようやく寝床と温かい食事にありつけた二人は、数日ぶりの入浴で旅の汚れを洗い落としてやっと腰を落ち着けたところだった。
リンハルトは久しぶりの柔らかい寝台に沈み込み、毛布の感触と焚きしめられた香りの心地良さにほっと息をつく。
カスパルも同じ寝台に横になり、全身から疲れを追い出すように深く息を吐いていた。
ふわりと香る石鹸の匂いに誘われるようにして、リンハルトはそっとカスパルの頬に唇を寄せる。カスパルはくすぐったそうに笑いつつも、顔を上げてリンハルトの唇を受け入れてくれた。
じゃれ合いながら寝台に転がり、お互いの髪をかき混ぜたり頰をくすぐったりしながら戯れる。
寝台の上で交わすには子どもっぽい触れ合いだったが、カスパルとリンハルトにとってそれはごく自然な営みだった。
いつもはそのまま眠りについてしまうことも多いのだが――カスパルと触れ合っているうちに、リンハルトは次第に自分が昂っていくのを感じていた。
食事を食べて、入浴をして、必要最低限の欲求が満たされたせいだろうか。久しく感じていなかった衝動がふつふつと湧き上がってきて、リンハルトはカスパルの様子を伺った。
カスパルとそういう関係になってからもう三節近くが経つ。カスパルとは既に何度か体を重ねているものの、彼の中に性衝動というものが存在しているのかリンハルトには未だに判断がつかなかった。
できるのであれば、カスパル自身がそれを求めているときに行為をしたい。こちらの求めに応じて譲歩してくれているのだとしたら、それはリンハルトの望む関係ではないと言えた。
カスパルの意思が判断つかない以上は、今日はもう諦めて眠りにつこう――そう考えたリンハルトが目を閉じようとしたとき、横で寝転んでいたカスパルがそっと手を握ってきた。
肉刺に覆われたカスパルの硬い掌が、リンハルトの白い手を慰撫するようにゆっくりと撫でる。
それはまるで、閨に誘うような触れ方だった。リンハルトの心臓がどきりと跳ねて、一度は引いた熱が再び腹の底に溜まっていく。
顔を上げてカスパルのほうに向き直ると、戸惑いがちな空色の瞳と目が合ったが、それはすぐ気まずそうに逸らされてしまった。
――したいの?
リンハルトはついそう訊ねそうになったが、それは懸命ではない気がした。
リンハルトはカスパルの手をそっと引き寄せて自らの口元に寄せる。節くれだった手に唇で触れてその指先をちろりと舐めると、カスパルがぴくりと震えるのを感じた。
そのまま指の付け根まで舌で辿り、指の間に舌を滑らせて柔らかい部分をねっとりと舐める。明らかに性的な意図のあるリンハルトの愛撫にもカスパルは抗わなかった。
「……してもいい?」
リンハルトの問いかけに、カスパルは頰を真っ赤に染めながら「おう」とだけ答える。
色気とは程遠い反応だが、それでも彼が確かに自分を求めているのだと確信したリンハルトは、胸を満たす愛おしさのままにカスパルに手を伸ばした。
肌着の中に手を差し込み、体の形を確かめるように胸から腹までを撫でていく。緊張に強ばる体をほぐすようにちゅ、ちゅ、と額や頬に軽く口づけると、カスパルの唇が誘うように小さく開いた。
優しく唇を触れ合わせ、薄く開いた歯の隙間からそっと舌を差し入れる。たどたどしくこちらの舌に絡みついてきたそれを迎え入れ、柔く食みながら舌先を尖らせて上顎を撫でると、カスパルはぴくんと身を震わせて喉の奥で鼻にかかった声を漏らした。
「……ぅ、んぅっ……」
舌の裏や頰の粘膜を舐め上げ、歯茎から上顎までゆっくりと辿っていくとカスパルは苦しげに喘ぐ。
一旦唇を離すと、カスパルは大きく息継ぎをして呼吸を整えた。酸欠でぼんやりした恋人の髪を慈しむように手で梳きながら、リンハルトは穏やかな声で話しかける。
「大丈夫? 苦しかったかな?」
「いや、平気だ……もっとしてくれよ」
続きを求めるようにカスパルがリンハルトの首筋に腕を回す。それに応えるように再び口づけを交わしながら、リンハルトはカスパルの体に愛撫を施した。
張りのある肌の感触を掌で味わいつつ、徐々に手を下へと滑らせていく。厚い胸板の上にぽつんと乗っている突起を指先で弾くと、カスパルはくぐもった声を漏らして身をよじった。
「んっ……!」
小さな突起を親指と中指で挟み込み、くりくりと転がすように弄ぶ。ときおり指先でぴんっと弾くと、その度にカスパルは短く息を呑んだ。
「あ、んんっ……!」
「気持ちいい?」
カスパルは頰を赤くしながらこくこくと首を縦に振る。
リンハルトは小さく微笑んだのちに、今度はそこを口に含んで舌先でちろちろと刺激した。ときおり前歯で甘噛みして痛みを与え、その痛みを慰めるように優しく舌で舐め上げる。
「ひゃっ、あぁっ……!」
もう片方の突起も指先で引っ掻くように刺激を与えると、カスパルはリンハルトの頭をかき抱きながら甲高い声で喘いだ。
「そこっ……へんな感じ、する……」
「変じゃなくて気持ちいいんだと思うよ」
ほら、とリンハルトはカスパルの股間に手を伸ばす。カスパルの性器はもうすっかり硬く張り詰めていて、先端からは先走りが滲み出ていた。
「ぅあ……」
軽く握られた状態でゆるゆると上下に扱かれ、カスパルは眉根を寄せて切なげな吐息を漏らす。
リンハルトは荷物の中から香油を取り出し、ついでに自分の衣服も脱ぎ捨ててしまった。香油の入った瓶を取り出して蓋を開けると、花の香りにも似た甘い匂いが広がる。
それに気がついたカスパルがリンハルトを真似るように衣服を脱ぎ、迎え入れるようにおずおずと脚を開く。その姿が視界に入り、リンハルトは愛おしさに目を細めた。
「ちょっと冷たいよ」
「ひっ……」
香油をたっぷり纏わせた指を窄まりにあてがうと、冷たさに驚いたのかカスパルはぴくりと身を縮こませる。それに合わせて窄まりがきゅっと閉まるのが指先から伝わり、リンハルトは自身の下肢に熱が集まってゆくのを感じた。
宥めるように頰や首筋に口づけを落としながら、リンハルトは少しずつ指を押し進めていく。固く閉ざされたそこを揉みほぐすように押し広げると、やがてくちゅりと湿った音を立てて指先が中へと沈み込んだ。
「痛くない? 大丈夫?」
「ん……大丈夫だから、もっと……」
カスパルは苦しげに息を吐きながらも続きを促す。
リンハルトはカスパルを傷つけないように、ゆっくりと抜き差しを繰り返して指を増やしていった。香油を継ぎ足しながら丁寧に慣らしてゆくうちに、そこは次第に柔らかく蕩けていく。
「カスパルのここ、ひくひくしてるね。可愛いよ」
「ば、馬鹿……」
ぐちぐちと内壁を拡げながら意地悪く囁くと、カスパルは頰を赤く染めて抗議の声を上げる。その様子が可愛らしくて、リンハルトもつい調子に乗ってしまった。
「ね、今きゅって締まったね。可愛いって言われるのが嬉しいのかな?」
「うあっ、あ……っ」
リンハルトはわざと羞恥を煽るようにカスパルの耳元で囁き続ける。浅いところを掻き回しながら胸の尖りを指の腹で擦れば、その先の快感を知っているカスパルはもどかしそうに腰を揺らめかせた。
「あっ……早くっ……」
「だめだよ、ちゃんと慣らさないと」
「もう入るって……」
カスパルは切羽詰まった声で訴えるが、リンハルトは首を横に振る。そして挿入したままの指をくの字に曲げ、腹側の壁にある小さな膨らみをぐっと押し込んだ。
「ひ、ああぁっ!」
その瞬間、カスパルの体がびくんと跳ね上がる。突然の強すぎる刺激に驚いたのか、カスパルは目を白黒させながら荒い呼吸を繰り返していた。
「ここ、好き? それとも嫌い?」
「やっ……あっ、すっ、好きだからっ……」
「うん、たくさん触ってあげるね」
リンハルトはカスパルの返事に微笑みながら、執拗にそこを刺激し続ける。押し込んだり引っ掻いたりと緩急をつけながら責め立てるたびに、カスパルは悲鳴じみた嬌声を上げた。
「ひゃうっ!? ああぁっ!!」
カスパルの後孔がきゅっと締まり、リンハルトの指を強く締め付ける。その感触にぞくぞくと背筋が震えるのを感じながら、リンハルトはカスパルの感じる場所を重点的に攻め続けた。
「ひっ、やだぁっ! おれ、もう……っ!」
切羽詰まったカスパルの声に限界を感じ取ったリンハルトは、体内のしこりを指で挟むようにして擦り上げる。それと同時に胸の尖りを強く摘むと、カスパルは背を弓なりにしならせて達した。
「〜〜ッ!!」
痙攣する肉壁に締め付けられながら、リンハルトはゆっくりと指を引き抜いていく。射精を伴わない絶頂の余韻に浸っているカスパルは、それだけの刺激で腰をぴくんっと跳ねさせた。
指を引き抜いてもなお、カスパルのそこは物欲しげにひくついていた。だらしなく開かれたままの脚の中心では勃ち上がった陰茎が切なげに震えており、鈴口からは透明な蜜が溢れ出している。
「大丈夫?」
「……大丈夫、なもんかよ……」
リンハルトの問いかけに答えるカスパルの声は掠れていた。しかし反論する程度の余裕はあるらしく、リンハルトはカスパルが行為に慣れてきたことに内心で安堵する。
「すごく可愛かったよ」
「……うるせえ」
汗で張り付いた髪を手で梳きながら額に口づけると、カスパルは小さく身じろぎをして息を吐いた。
「いいから……早くくれよ。その……」
「うん」
「うんじゃなくて……わかってんだろ?」
意地悪く相槌を打つリンハルトに、カスパルは恥ずかしそうに目を伏せる。
「ふふ、ごめんね。君から求めてくれるのが嬉しくって」
恥じ入る恋人の可愛らしさに微笑みながら、リンハルトはカスパルの脚を開かせてすっかり猛りきった剛直をひくつく窄まりにあてがった。鍛えられた太腿は見た目より柔らかく、汗で湿った肌が掌に吸い付いてくる。
「……入れるよ」
小さく頷いて了承の意を示した恋人の姿に微笑むと、リンハルトはゆっくりと腰を進めていく。
先端を窄まりに押し付けると、そこはまるで迎え入れようとするかのようにひくりと震える。その感触を楽しむように何度か押し付けてから、リンハルトはゆっくりと腰を進めていった。
「ふっ……くうっ……」
狭い入口を押し広げるようにして亀頭を埋め込むと、カスパルの口からくぐもった吐息が漏れる。だが苦痛の色はなく、むしろ待ち望んでいたかのように内壁が奥へ奥へと引き込んでくるような動きを見せた。
その誘いに乗るようにリンハルトはずぶずぶと己の怒張を沈めていく。
受け入れることに慣れてきたカスパルの中は熱くて柔らかく、それでいて絡みつくように締め付けてくる。まるで包み込まれるようなその感覚に、リンハルトはほうっと熱い吐息を漏らした。
ぴたりと合わさった肌の温もりが心地良い。汗で湿った肌は吸い付くようで、このまま溶け合ってしまいそうな錯覚を覚えるほどだった。
「はぁ……全部入ったよ」
「んっ……」
やがて根元まで入り切ると、カスパルは詰めていた息をゆっくりと吐き出した。労るように頰に手を添えると、カスパルは安心したように目を細める。
リンハルトはしばらくそのまま動かずにカスパルの中が馴染むのを待った。その間も彼の内壁はずっと蠢いていて、まるでリンハルトの形を覚えようとしているかのようだ。その健気で愛らしい反応に応えるべく、リンハルトはゆるゆると抽挿を開始した。
「あっ……んんっ……」
緩慢な動きで抽挿を繰り返すと、カスパルの口から甘い声が上がる。最初は苦しげにしていた声も次第に甘く蕩けていき、やがて鼻にかかった喘ぎへと変化していった。
「カスパル、気持ちいい?」
「うんっ……ぁ、あっ……」
問いかければ素直に返事をしてくれる恋人が愛おしくて堪らず、リンハルトは抽挿を続けながらカスパルの目元や頰に口づけを落としていく。その優しい愛撫にもカスパルは敏感に反応し、小さく喘ぎながら身を捩った。
「ふぁっ……あ、ぁっ……」
抽挿に合わせてカスパルの中が収縮し、リンハルト自身を包み込むように締め付ける。その感触を楽しみながら腰を打ち付けると、ぱちゅんと濡れた音が響いて肌と肌がぶつかった。
「あっ、やっ……だめっ……」
「何がだめ?」
「ちが、もっ、と……」
カスパルは物欲しげに腰を揺らしながらリンハルトの首に腕を回す。その仕草にぞくりと背筋が震えるのを感じながら、リンハルトはカスパルの体を抱き寄せて耳元で囁いた。
「こう?」
リンハルトはぐっと腰を押しつけ、深く繋がったままとぐりぐりと腰を回す。
「あっ……! そ、こっ……」
「気持ちいい?」
奥まった部分を亀頭で擦るように動かすと、カスパルはびくびくと体を震わせながら何度も首肯する。カスパルのしなやかな脚がリンハルトの腰に絡みつき、もっと欲しいとねだるように引き寄せてきた。
「カスパルの中、熱くて溶けそう……」
リンハルトはうっとりとした声で呟きながら抽挿を繰り返す。
熱く熟れた粘膜に包み込まれる感覚は、腰から下が溶けてしまいそうなほどの快感をリンハルトにもたらした。その心地良さに酔い痴れながらも、リンハルトはカスパルの良いところを重点的に責め立てる。
「ひゃうっ、あっ、あぁっ……!」
大きく腰を回して内襞を押し上げると、カスパルは背を反らしながら切なげな吐息を漏らした。同時に体内がきゅんっと締まり、精液を搾り取ろうとするかのように収縮を繰り返す。
「リンハルト、ぁ……もっ、と……」
「うん、もっとだね」
「ひっ……あぁああっ!」
リンハルトは求められるままに抽挿を続けた。
カスパルはすっかりと快楽の虜になっており、蕩けた表情を浮かべながら腰を揺らめかせている。その表情に煽られるようにして、リンハルトの動きも激しさを増していった。
「カスパルの中、すごく熱い……僕のこと離したくないって吸い付いてくるみたいだ。ほら、わかるかな? 抜こうとすると締め付けがきつくなるんだよ」
「ばっ……!? なに、なんっ……」
囁きながらゆっくりと腰を引くと、それを嫌がるようにカスパルの内壁がきつく締まる。カスパル自身にもそれがわかったのだろう。カスパルは顔を赤らめながらぱくぱくと口を動かした。
慌てふためく様子が初々しくてたまらず、リンハルトは思わず「可愛いね」と口走る。それが追い打ちになったのか、カスパルはとうとう言葉を失って顔を背けてしまった。
「カスパル、こっち向いて?」
リンハルトが甘えた声で名を呼ぶと、カスパルはちらりと視線を向けてくる。
視線が合うと嬉しそうに微笑む恋人の姿に絆されたのか、カスパルは渋々といった様子でリンハルトに向き直った。
「好きだよ、カスパル」
「ん……」
リンハルトの告白に応えるように、カスパルの腕がぎゅっと首の後ろに回される。それを合図にするかのようにリンハルトは再び抽挿を始め、夢中になって互いを求め合った。
「んあっ、あっ……! リンハルト、おれっ……!」
限界が近いのか、カスパルの瞳に涙の膜が張る。
快楽に蕩けたカスパルの表情は美しくもあり、愛らしくもあった。その表情を間近で見られるのは自分だけだと思うと、リンハルトは言いようのない高揚感に包まれる。
「んっ……お、れ……また……っ」
筋肉で隆起した腕がリンハルトの首に回り、限界が近いことを訴えてきた。
リンハルトはカスパルの腰ががくがくと震え始めるのを感じ取り、彼の陰茎に手を伸ばして根元から先端まで擦り上げる。
「いいよ、一緒にいこう?」
安心させるように頰や唇に口づけを落としながら囁くと、カスパルは泣きそうな表情を浮かべて頷いた。
まだ快感をうまく処理できないのか、カスパルは絶頂を迎える際にいつも泣きそうな表情を浮かべる。そんな彼の姿を見ると、リンハルトはいつも庇護欲と嗜虐心が混ざった複雑な気持ちにさせられるのだ。
「あ、あっ……リンハルトっ……!」
「カスパルっ……!」
限界を訴えるように名前を呼ばれ、リンハルトは応えるように彼の体内に熱い飛沫を叩きつけた。同時にカスパルの体が大きく跳ね上がり、二人の腹の間に熱い飛沫が弾ける。
「ふぁ……あ……」
どくんどくんと脈打つ性器から精液を注ぎ込まれる感覚に、カスパルは体を痙攣させながら小さく喘ぐ。
リンハルトはしばらくそのままの体勢のまま余韻に浸っていたが、やがてずるりと己のものを引き抜いた。ぽっかりと口を開けた後孔から白濁した体液が溢れ出し、敷き布に染みを作っていく。
リンハルトはその光景にごくりと喉を鳴らしながら、力の抜けたカスパルの体を優しく抱き締めた。汗で張り付いた薄藍色の前髪をかき分け、湿った額に口づけを落とす。
絶頂の余韻に浸っているのか、カスパルはぼんやりとした表情を浮かべていた。その表情はどこかあどけなく見えるものの、体はしっとりと汗ばみ上気しているせいで淫靡な雰囲気を漂わせている。
均整の取れた筋肉に覆われた肢体が、窓掛けの隙間から差し込む月光によって艶めかしく照らし出され、その美しさにリンハルトは思わず見惚れてしまう。
カスパルの体は雄々しくもありながらしなやかでもあった。美しく隆起した筋肉の躍動感や引き締まった腰元から臀部にかけての曲線美は、見る者を魅了してやまない魅力を湛えている。
それを彩るのは無数の傷跡だ。カスパルは戦場で武器を振るい続けてきたこともあり、その肌には大小様々な傷跡が残っている。リンハルトはそれを目にする度に、自分が隣にいられなかった時間の長さを痛感してしまうのだ。
「リンハルト……?」
声をかけられて我に返ると、カスパルが不思議そうな顔でリンハルトを見上げていた。どうやら彼を見つめたまま物思いに耽ってしまっていたらしい。
「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよ」
心配そうな表情の恋人を安心させるように口付けを贈り、リンハルトはカスパルの隣に横になった。
「これからは君とずっと一緒にいられるんだと思うと嬉しくてさ」
リンハルトの言葉にカスパルは目を瞬かせ、それから少し照れ臭そうに頰を搔いた。
「なんだよ、改まって」
「照れてるの? 可愛いね」
からかうように言って首筋に顔を埋めると、カスパルはくすぐったそうに身を捩った。
「だから、可愛いってのはやめろよ。ガキじゃねえんだから」
口では否定しつつも満更でもない様子のカスパルに微笑みながら、リンハルトは目の前にある恋人の体を抱き締める。
体温の高いカスパルの体を抱き締めていると安心感が湧き上がり、リンハルトは胸の奥からじんわりと温かいものが溢れ出すのを感じた。
「好きだよ、カスパル」
愛おしさを込めて囁けば、カスパルは小さな声で「オレも」と答えてくれる。その反応が嬉しくて、リンハルトは腕の中の恋人に何度も口づけを落としていった。