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 以心伝心? その後


 カスパルが性的な知識をどこまで有しているのか、カスパルがどこまで自分との性的な行為を許容してくれるのか――そういったことがリンハルトはずっと気掛かりだった。
 もしもカスパルが性行為を望まないのであれば、リンハルトはそれを我慢し続ける覚悟もできていた。そして、そうであったとしてもカスパルは愛おしい恋人に変わりはないのだと、ある種の覚悟すら決めていたのである。
 しかし、カスパルはずっと前からリンハルトと睦み合う準備をしていたのだ。その事実にリンハルトは抑えていた劣情が溢れ出すのを感じていた。
「カスパル、好きだよ」
 リンハルトはカスパルに口づけながら、久しぶりの恋人との触れ合いに胸を高鳴らせる。
 もう数えることも面倒になるほど口づけを交わしてきたが、今日の口付けは今までのどのものよりも甘美な気がしてならなかった。
「あっ……ふ、リンハルト……」
 口内を味わい尽くすように口づけを繰り返すと、カスパルは鼻にかかった声で切なげに喘ぐ。その声の甘さに頭が痺れそうになりながら、リンハルトはカスパルの口内を余すことなく愛撫した。
「ふっ……んっ、ぁ……」
 リンハルトが唇を解放すると、カスパルは苦しそうに息を荒げて目を潤ませた。快楽に溺れるその表情はリンハルトを煽情し、今すぐにでも彼の全てを奪い尽くしてしまいたくなる気分にさせる。
 リンハルトは一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ゆっくりとカスパルの体を寝台の上へと横たえた。
「んっ……リンハルト、そこ……」
 カスパルの衣服をはだけさせてその胸にそっと手を這わせる。
 微かに存在する胸の突起を指先で撫でると、カスパルはむずがるように身を捩らせた。その初々しい反応にリンハルトは目を細め、指を更に動かして刺激を与えていく。
「っ……ぁ……」
 しばらく愛撫を続けているうちに、カスパルの乳首が徐々に硬くなってゆくのがわかった。それに比例するようにカスパルの口から漏れる声も艶を帯び、腰が小刻みに揺れて寝台の敷布に皺を作っていく。
「可愛いね」
「っ……からかうなよ」
 リンハルトの囁きに、カスパルは恥ずかしそうに唇を尖らせて視線を逸らす。
 しかし、リンハルトが空いている方の手でカスパルの脇腹を撫で上げると、「っあ!」と高い声を上げて背中を仰け反らせた。
「か……からかうなって言ってんだろ」
「からかってなんかいないよ」
 涙目で睨み付けてくるカスパルにそう言い返しながら、リンハルトは衣服の上からカスパルの下腹に触れる。そのまま下に手を伸ばして下穿きを脱がせると、硬くなり始めている性器が姿を現した。
「感じてくれてるんだね。嬉しいな」
 リンハルトは緩く立ち上がっている性器を手で包み、やわやわと愛撫しながらカスパルの耳元に顔を寄せる。耳元に熱い吐息を感じたカスパルはぶるりと体を震わせ、耐えるようにリンハルトの衣服を握り締めた。
「ふっ……ぅ、ぁ」
 耳に舌を這わせるとカスパルの腰が揺れ、リンハルトの手の中にある性器が硬度を増す。そのまま耳の中に舌先をねじ込み、軟骨を甘噛みして愛撫をすれば、カスパルは顔を赤らめて切なげに眉を寄せた。
「ぁ……っふ……」
 手の中で育っていくカスパルの性器からは先走りが溢れ出している。リンハルトはそれを指に絡めてゆっくりと扱き上げ、緩急をつけて動かした。
「リンハルト……」
「うん?」
 切なげに名前を呼ばれて視線を上げると、カスパルは何かを訴えるように潤んだ瞳でリンハルトを見つめている。
「どうしたの?」
「お前も、脱げよ……オレばっか恥ずかしいのは不公平だろ」
 そう言ってカスパルはリンハルトの服を掴んで脱がそうとしてきた。
 リンハルトは素直にそれに従い、衣服を全て脱ぎ去って寝台の下へと放る。それから肌と肌を密着させるようにカスパルを抱き締め、「これでいい?」と囁いた。
 カスパルは頷き、リンハルトの背中に腕を回して抱き締め返してくる。生まれたままの姿で抱き合っていると、お互いの体温を直に感じられて頭の芯が蕩けるような多幸感に包まれた。
 しばらくそうしていたが、カスパルはリンハルトの性器が反応を示していることに気付くと、性器を擦り付けるように密着してきた。
 その大胆な行動にリンハルトは驚き、目を瞬かせながらカスパルを見る。すると、カスパルはリンハルトの肩口に顔を埋めながら「仕方ねえだろ」と消え入りそうな声で呟いた。
「オレも、お前と、その、したいし……」
 カスパルはリンハルトの耳朶を甘噛みし、そのまま頬をすり寄せてくる。
 耳から首筋にかけて感じるカスパルの感触にリンハルトは背筋を震わせ、お返しとばかりにカスパルの性器に自分のものを押し付けた。
「あっ……!」
「うん……僕も、ずっと君とこうしたかった」
 リンハルトは腰を揺らして互いの性器を触れ合わせ、そのまま二本まとめて手で握り込んだ。手の中にある熱をゆっくりと上下に扱いていくと、カスパルの口からは押し殺したような喘ぎ声が漏れる。
「ふ……ぁ、リンハルト……」
「ん……もっと気持ちよくなろうね」
 リンハルトはカスパルの首筋に吸い付きながら手の動きを早めていく。ぬち、ぬち、と湿った音が響くたびに、カスパルは恥ずかしそうに身を捩った。
「っ……カスパル……」
「あ、あっ! そ、そこ……っ」
 鈴口を指の腹でぐりぐりと押し潰すと、カスパルはひと際高い声を上げて腰を震わせる。カスパルの性器はほどなくして弾け、熱い液体が互いの下腹へと散らばった。
「あ……はぁ……っ」
 カスパルは荒く息を吐いて脱力し、寝台に四肢を投げ出している。快楽の余韻で焦点を結ばない瞳と目が合ったリンハルトは、込み上げてくる衝動のままカスパルの唇を塞いだ。
「んっ……」
 性急に舌を差し入れるとカスパルは一瞬驚いて身を固くしたが、すぐにリンハルトの舌を受け入れるように自らの舌を絡ませる。
 その懸命な様が愛おしくて、リンハルトはカスパルの背中に回した腕に力を込めて抱き締めながら口内を貪り続けた。
 二人はしばらくの間そうして口づけを交わしていたが、やがてゆっくりと唇を離す。すると、透明な糸が二人の舌先を結び、段々と細くなってぷつりと途切れた。
「んっ……はぁ……」
 カスパルは恍惚とした表情で吐息を漏らし、熱に浮かされたような瞳でリンハルトを見つめる。その視線を受けるだけで、リンハルトの頭は熱に浮かされていくようだった。
 早くカスパルの中に入りたい――リンハルトの本能はそう訴えていたが、カスパルの嫌がることはしたくないという理性がその欲望を押し留める。
「……ね、カスパルはどっちがしたい?」
「どっち?」
「抱くほうと抱かれるほう、どっちがいいのかなって」
 リンハルトがカスパルの頭を撫でながら問いかけると、カスパルはしばらく考え込んだ後で小さく呟く。
「じゃあ……抱いてくれ」
「えっ」
 リンハルトにとって、それは意外な返答だった。カスパルは基本的には同性を恋愛対象には含めていないものだと思っていたし、そうであるなら抱く側を希望するだろうと予測していたのだが。
「いや、その……始める前はどっちでもいいと思ってたし、むしろ、抱かれる側は痛そうで怖えかなって思ってたんだけどよ。でも、お前に触られてたら頭がふわふわしてきて……もっとお前に触られたいっていうか……ぜんぶ任せたほうが気持ちいいんじゃねえかなって思えてきて……」
 カスパルはそう言ってリンハルトの胸に顔を寄せた。耳まで真っ赤になっているその様子にリンハルトはたまらない気持ちになり、カスパルの体をぎゅっと抱き締める。
「そっか、わかったよ。僕もこういうのは慣れてないんだけど……カスパルがそう言ってくれるならがんばるからね」
「おう……」
 リンハルトはカスパルの体を引き起こして寝台の上に座り直すと、彼の背中を自分の胸に預けさせた。そして片手でカスパルの腰を抱きながら、もう片方の手を体の前へと回す。
 リンハルトの手はそのまま下へ下へと滑っていき、やがて秘部へと辿り着いた。カスパルはびくりと腰を震わせ、怯えるようにリンハルトを振り返る。
「っ、リンハルト」
「大丈夫。優しくするから安心して」
 不安そうな表情を浮かべるカスパルの頬に口づけを落としながら、リンハルトはゆっくりとそこに触れてゆく。固く閉ざされている窄まりを指先で擽るように撫で上げると、腕の中にあるカスパルの体が強張ったのがわかった。
「ちゃんと濡らすから力を抜いていてね」
 リンハルトは枕元から潤滑油が入った容器を引き寄せ、中身を指先に垂らしてしっかりと濡らす。そして後孔の周囲を円を描くようになぞって潤滑油を馴染ませ、カスパルが息を吐く瞬間に合わせて指先をほんの少しだけ中に沈めた。
 リンハルトが想定していたほどの抵抗はない。それによってカスパルがここを使って自慰をしていたという話が真実味を帯びてきて、その事実だけでリンハルトは自身の下肢に熱が集まっていくのを感じた。
「ぅあ……っ」
「痛い?」
 リンハルトが訊ねるとカスパルはふるふると首を横に振る。
 まだ第一関節にも満たない挿入だ。この程度であれば、痛みも異物感もさしたるものでないだろう。リンハルトは自身の経験からそれを知っていたが、カスパルを怖がらせないように慎重に事を進めていく。
「はっ……ぅ、ぁ……」
 カスパルはリンハルトの胸に寄り掛かり、圧迫感に耐えるように息を吐いた。その呼吸に合わせるように少しずつ指を深く沈めていくと、次第にカスパルの体からは力が抜けていく。
「気持ち悪くないかい?」
 リンハルトの問いにカスパルはふるふると首を横に振る。
「……自分でしてたって、さっき言っただろ? お前よりオレの指のほうが太いし、このくらい大したことねえよ」
「そっか、よかった」
「ん……いいから、指……動かせよ」
 リンハルトを促すようにカスパルはおずおずと腰を揺らす。その動きに応えるようにリンハルトもゆっくりと指を動かしていった。
 リンハルトが指を抜き差しする度に、結合部の潤滑油がくぷくぷと音を立てる。最初は浅いところで抽挿を繰り返し、時折ぐるりとかき回した。そのうちに指先がいいところを掠めたらしく、カスパルの体がぴくりと跳ね上がる。
「あっ……!? なっ、なんっ……!?」
 自分で弄っていたときはそこに触れていなかったらしい。カスパルは上擦った声を上げ、困惑と快感の入り混じった表情をリンハルトに向けた。
「気持ちいい?」
「んっ、ぅ……ぁ……!」
 カスパルは答えの代わりに背中を反らせて足先をきゅっと丸める。内壁はリンハルトの指を食い締めるように収縮し、萎えていた性器はいつの間にか硬度を取り戻して透明な液を零し始めていた。
「お腹側にね、いいところがあるんだよ。自分では触ったことなかったかな?」
「ひっ!? やっ……ぁ、あっ……!」
 リンハルトがもう一本の指を添えて前立腺を押し潰すと、カスパルは目を見開いて背中を反らせる。口から漏れ出る声は意味をなさず、口の端からは唾液が伝って落ちていった。
「ゃ……やだっ、そこ……ぁ、あっ!」
「大丈夫だよ、カスパル。怖がらないで」
 リンハルトはカスパルの頬に口づけを落としながら指の動きを徐々に激しいものに変えていく。中を広げるように二本の指で円を描きながら抽挿を繰り返せば、カスパルの口から漏れる嬌声は切羽詰まったものになっていった。
「あっ……り……りんはる、とっ……おれ、もうっ……」
「うん、いいよ」
 限界を訴える声に応え、リンハルトはカスパルの一番感じる場所を指で挟み込むようにしてぐりぐりと押し上げた。それと同時に性器をきつく握り込み、射精を促すように上下に扱いてやる。
「んぁっ……ぁああっ!」
 その瞬間、カスパルは一際大きな声を上げて絶頂を迎え、びくんっと大きく背中をしならせて精液を吐き出した。
 リンハルトはびゅくびゅくと勢いよく吐き出される精液を掌で受け止めつつ、最後まで出し切れるよう優しく扱いてやる。
「ふ……ぁ……」
 カスパルは恍惚とした表情でリンハルトの胸に後頭部を預け、びくびくと痙攣を繰り返しながら余韻に浸っている。その瞳からは涙が流れ落ち、頬は紅潮して赤い唇からは乱れた吐息が漏れ出ていた。
 リンハルトはその艶めかしい姿を目に焼き付けつつ、手の中に吐き出されたカスパルの精液を潤滑油と一緒に後孔に塗り付ける。達したばかりで敏感になっているのか、カスパルはリンハルトが指を動かす度にぴくりと肩を震わせていた。
「んっ……ん……」
 しばらくそうして後孔を解していると、最初はきつかったそこがだいぶ柔らかくなってきた気がする。
 そろそろ大丈夫だろうか――リンハルトがそう考え始めた頃、カスパルの口からぽつりと小さな呟きが漏れた。
「……もう、いいって」
「そう? つらくないかい?」
「いいから……これ以上、焦らすなよ」
 リンハルトの言葉を遮って強請るようにそう言うと、カスパルは首だけで振り返ってリンハルトの唇に自分のそれを押し当てる。
「はやく……お前のが欲しい」
 吐息のように吐き出されたその言葉は、まるで媚薬のようだった。
 熱に浮かされたように上気した頰、涙の膜が張った瞳、そして欲情しきった表情――それら全てがリンハルトの理性を奪い去っていく。
「うん……わかった」
 リンハルトは後孔から指を引き抜くと、カスパルを寝台に横たえて脚を大きく開かせた。そしてその間に自らの体を割り込ませ、ひくつく後孔にすっかり硬くなった性器の先端をあてがう。
「入れるよ」
「んっ……」
 リンハルトはカスパルの腰を掴んで固定し、ぐっと体重をかけて性器を挿入した。指とは比べ物にならない質量にカスパルは苦しげに眉を寄せるが、リンハルトはそのままゆっくりと奥へと進んでいく。
「はっ……ぁ……」
 いちばん太い雁の部分を過ぎるとカスパルの表情は少し和らぎ、深く息を吐いて力を抜いた。リンハルトもそれに合わせてゆっくりと腰を進め、やがて互いの下肢が密着する。
「カスパル、全部入ったよ」
「んっ……」
 リンハルトはカスパルの下腹部を撫でながらそう報告すると、カスパルは愛おしそうにリンハルトの甲に掌を重ねた。
「なんか、変な感じだな……ここにお前のが入ってるなんてよ……」
「そうだね、僕も信じられない気分だ。君とひとつになってるなんて」
 カスパルの頰に口づけを落とせば、カスパルはくすぐったそうに笑ってリンハルトを引き寄せる。
「動いてもいいかい?」
「おう……」
 頷くカスパルに微笑んでからリンハルトは体を起こして、カスパルの腰を腰を掴み直してゆっくりと抽挿を開始した。
 最初は浅いところから始めて、少しずつ奥を穿つように腰を打ち付ける。肌同士がぶつかる乾いた音が規則的に響き、それに合わせるようにカスパルの口からも喘ぎ声が漏れた。
「んっ……ぁ、あっ……あっ……」
 リンハルトの動きは次第に激しさを増していき、結合部からは潤滑油と体液が混じり合ったものがじゅぷじゅぷと音を立てる。
 カスパルは耐えるようにリンハルトにしがみついているものの、リンハルトに痛みを与えるほどの力は込められていなかった。
 カスパルに余裕があるようにはとても見えないが、それでもリンハルトを傷つけまいと手加減をしているのだ。そんなカスパルの優しさが愛おしくて、リンハルトは慈しみを込めて目を細めた。
「カスパル」
 リンハルトは上体を倒し、薄く開いたカスパルの口に自分のそれを重ね合わせる。そして奥に引っ込んでいたカスパルの舌を搦め捕ると、互いの唾液を交換するように深く口づけを交わした。
「ふっ……んんっ……」
 くちゅくちゅという水音を立てながら舌を絡め合わせているうちに、だんだんとふたりの境界線が曖昧になっていくような感覚に陥る。まるで体がどろどろに蕩け合って一つに混ざり合っていくようだった。
 リンハルトはカスパルの後頭部に手を添えて上を向かせ、より深くまで貪るように口内を犯していく。カスパルもそれに応えるようにリンハルトの首に腕を回し、自分からも積極的に舌を絡めた。
「ふ……ぁ」
 リンハルトが口を離すと、カスパルは名残惜しそうな声を漏らす。空色の目はとろんと蕩けており、ぼんやりとしていて焦点が定まっていなかった。
 カスパルの限界が近いことを察したリンハルトは、律動を更に激しくしてカスパルを追い詰める。
「あぁっ……! あぅ……あっ!」
 激しく揺さぶられる中でカスパルの性器がリンハルトの腹に擦れ、その刺激で更に強い快感に襲われたらしい。カスパルは体をびくりと跳ねさせ、リンハルトの体を強く抱き締めた。
「り……りんは、と……あ、も、もう……!」
「うん……僕も……あっ……!」
 リンハルトが答えると、カスパルは背中に回した腕に力を込めてぎゅっと目を閉じる。
 その直後――リンハルトの腹に温かなものが飛び散る感触があった。同時に中に埋め込んだものを強く締め付けられて、リンハルトは慌ててカスパルの中から自身を引き抜く。
「っ……はっ、ぁ……」
 びゅくびゅくと勢いよく飛び出した精液がカスパルの腹の上に飛び散る。その飛沫の一部はカスパルの顔にまで掛かり、頰から顎にかけてを白く汚した。
「あっ……ごめん、慌てて抜いたせいで顔にかかっちゃったね」
 リンハルトはカスパルの顔に飛び散った自身の白濁液を指の腹で拭う。カスパルは絶頂後の疲労感と驚きのせいなのかぼんやりとした表情を浮かべていた。
「……? 中に出すとなんかまずいのか? 男同士なんだから問題ないだろ」
 リンハルトの行動の意図がわからないらしいカスパルはきょとりと首を傾げている。
「男同士であってもなるべく中には出さないほうがいいんだよ。お腹を壊すかもしれないし、感染症の原因にもなるからね」
 リンハルトは寝台の横にある棚に置かれた手巾を手に取り、カスパルの腹を汚す自身の体液を拭き取った。
 カスパルになら抱かれるのもやぶさかではないと考えていたものの、やはり自分が抱く側に回って正解だったのかもしれないとリンハルトは思う。
 前立腺の位置も中出しの危険性も把握していないカスパルに、行為の主導権を握らせるのはいささか危険すぎる気がしてならなかった。
「そっか……なんか、悪いな。わからねえことだらけで」
 リンハルトが汚れた手巾を処理する一方で、カスパルはまだ絶頂の余韻が残っているのかぼうっとした様子で自身の下腹部をさすっている。
 その姿に再び劣情を抱きそうになったリンハルトは首を振って煩悩を振り払い、寝台に横たわったままのカスパルに声をかけた。
「これからちょっとずつ覚えていけばいいんじゃないかな。僕もまだわからないことは多いし、経験しないと理解できないものもたくさんあるから」
 空色の髪を梳きながらそう答えると、カスパルは安心したのか表情を和らげる。
「ん……そうだな。オレもがんばるよ」
 カスパルは甘えるようにリンハルトに擦り寄り、胸板に頭をぐりぐりと押し付けてきた。それからリンハルトの手を取って、自分の指を絡め合わせるようにして握り締める。
 二人はそのまましばらくの間、お互いの体温を感じながら静かに寄り添っていた。
 恋愛に不慣れなカスパルとの性行為は、思っていた以上に困難で手間のかかるものだった。しかし、それすらリンハルトにとっては愛おしく、蕾が花咲くのを見守るような気持ちを抱かせるのだった。

 ここにあなたと


 カスパルの湯浴みがいつもより長いことを不思議に思いつつ、リンハルトは旅先で見つけた書物の文字を目で追ってゆく。
 貴重な歴史書や研究書は然るべき施設に保管されていることが多いのだが、稀にどこかから流出したものが行商人の店で安価で売られていることがある。これもそういった品のひとつだった。
 文章だけを読むと日記にしか見えないこの本は、暗号で記された研究書だろう。おそらくは、何らかの理由で監視下におかれた研究者が密かに外部へ技術を伝えるために書き記したのだ。
 読書にふけっていると時間の経過を忘れるのはよくあることで、リンハルトはその後カスパルが浴室から出てくるまでにどれだけの時間を要したのか認識していなかった。
 あるいは存外すぐに上がっていたのか――それすらも判断できないほど暗号の解読に没頭していたらしい。いつの間にか浴室から出て水を煽っているカスパルに気づき、リンハルトはやっと頁を捲る手を止める。
「……なあ、リンハルト」
「ん? なに?」
 本を寝台の脇にある棚に置くと、頃合いを見ていたかのようにカスパルがリンハルトに声をかけてきた。読書中に話しかけまいと彼なりに気を使ってくれていたのだろう。
 二人で各国を巡る旅に出てから数節。カスパルとの関係は、リンハルトの望む方向へと順調に進んでいた。お互いを抱き締めたり、唇を触れ合わせたり、深く繋がってみたり――それらの営みはリンハルトの心を甘い充足感で満たしてくれていた。
「その……」
 カスパルは気まずそうに視線を泳がせながら言い淀んでいる。普段ははっきりとした物言いが多いカスパルなだけに、リンハルトは珍しいと思いつつ言葉の先を促した。
「どうしたの、カスパル?」
「えっと……」
 入浴を終えたばかりのカスパルは、上半身裸の姿でリンハルトが腰をかけている寝台に近寄ってくる。
 カスパルの素肌なんて見慣れているはずなのに、風呂上がりのしっとりと濡れた髪や、上気した頬がやけに扇情的に見えてしまった。
 これはまずいなと思いつつリンハルトはカスパルの言葉を待つが、カスパルは視線を泳がせるばかりでなかなか続きを話そうとしない。
「どうしたんだい、君らしくないね」
「う……そう、だよなあ」
 カスパルはまだ湿っている髪をわしわしと掻きながらリンハルトの隣に腰を下ろした。
「あのよ」
「うん」
 リンハルトは軽く座り直してカスパルの言葉を待つ。しかし、カスパルはなかなか続きを話そうとしない。これは長期戦になりそうだ。
「そんなに言いづらいことなの?」
「いや……まあ……お前にとっては大したことじゃねえのかもしれねえけどよ」
 なおも口篭るカスパルにリンハルトは怪訝な表情を浮かべる。
 なんらかの理由で旅を中断せざるを得ないだとか、もしくは親族に不幸でもあったか――リンハルトの脳裏にぱっと思い浮かんだのは、そんなところだった。だが、「大したことではない」ということはそれらの可能性は低そうだ。
「どうしたのさ、はっきり言いなよ」
「う……その……」
 なかなか話そうとしないカスパルにリンハルトはだんだんもどかしくなってきた。相手がカスパルでなければ、こんなに辛抱強く言葉の続きを待ってはいないかもしれない。
 そんなリンハルトの機微を察知したのか、しばらくするとカスパルはようやっと口を開いた。
「してえなって、思ってよ……」
「……え?」
 カスパルの口からそんな言葉が出てくると思わず、リンハルトは目を瞬かせる。
 一重に「したい」と言ってもそれが性行為であるとは限らないわけだが、鍛錬などをしたいのであればカスパルは遠慮なくそう口にするだろう。消去法でこの「したい」という発言に繋がる言葉は性行為であるとリンハルトは判断した。
「……こういうとき、どうすればいいのかわからねえからさ。お前だったらどうやって誘うのかって沐浴しながら考えてたんだ。それから、どうやって続きをすればいいのかとか、リンハルトならどう言うんだろうなって思ってたら、頭の中がお前でいっぱいになってきて……すげえこう、したくなってきたっつうか……」
 リンハルトと目を合わせるのが気恥しいらしく、カスパルは壁のほうに視線を向けながらもごもごと言葉を続ける。
 つまるところ、沐浴しながら閨でのリンハルトを思い出していたらしたくなってしまった――ということらしい。しかし、相手を誘うことに慣れていないがためにどう切り出していいのかわからなかったのだろう。
「なんだ、そういうことだったんだね」
 そんなカスパルがどうしようもなく可愛くて、リンハルトは隣に座る恋人の体を抱き締める。そっと手を伸ばしてその頬に触れると、湯浴みを終えたばかりなだけあってまだ少し熱かった。
 そのまま頬に手を添えて口付ければ、カスパルは戸惑うような表情を見せながらもそれに応えてくる。
 最初は啄むような口付けを繰り返してから、リンハルトは舌を出してカスパルの唇をぺろりと舐めた。それが合図だったかのようにカスパルが薄く口を開いたので、リンハルトは招かれるまま舌を滑り込ませる。
 舌を絡める口付けの存在すら知らなかったカスパルが、自然と口を開いてくれるようになったのは何度目の夜からだったか――そんなことを考えるとリンハルトの胸中には愛おしさが溢れかえった。
 カスパルの口内を舌で優しく撫で、歯列をなぞってから上顎を舌先でつつく。熱っぽい吐息を漏らしてじっと見つめてくるカスパルの眼差しはもっと欲しいと訴えているようで、リンハルトはそれに応えて舌を絡ませていった。
「ん……っ、ふ……」
 鼻にかかったカスパルの甘い声が、リンハルトの耳朶を心地よく揺らす。もっとその声が聞きたくて、リンハルトはカスパルの腰を抱きながらゆっくりと寝台へ押し倒した。
 口付けをしたまま、リンハルトはカスパルの素肌に手を滑らせてゆく。脇腹を撫で上げるとカスパルはぴくりと体を震わせ、喉の奥からくぐもった声を漏らした。
「ぁ……っ、ん……」
 唇を離してカスパルの顔を覗き込むと、その表情はすっかりと上気していた。興奮で潤んだ瞳や紅潮した頬は艶めかしく、リンハルトはカスパルの熱が伝播してくるような錯覚に見舞われる。
「……いい?」
 リンハルトの問いにカスパルはこくりと小さく頷く。それを合図に、リンハルトはカスパルの首筋に口付けを落としながら下穿きを剥ぎ取っていった。
 背中に回されたカスパルの手が、リンハルトが着ている寝間着を軽く掴んでひっぱる。催促するようなその動作にくすりと笑ってから、リンハルトも自分の衣服を脱いでいった。
 カスパルの胸に唇を寄せながら、緊張に強ばった体を解すように触れていく。脇腹から腰にかけてをゆっくりと撫でていると、その手に反応するようにカスパルの体はびくびくと震えた。
「っあ……ふ、ぅ……」
 唇を離すたびに漏れる吐息は熱を帯びており、リンハルトの耳朶を心地よく揺らす。
 カスパルの下肢に手を伸ばし、淡い茂みを掻き分けて中心部にそっと触れる。そこは既に芯を持っており、ゆるく勃ち上がって震えていた。それを掌で包み込んで軽く上下に扱いてやれば、カスパルの口から熱を孕んだ吐息が漏れる。
「……舐めていいかな?」
 竿を撫でながら問いかけると、カスパルは目を泳がせながらもこくりと小さく頷いた。それを見届けてから、リンハルトは体を下にずらしてカスパルの亀頭を口内へと収める。
「ん……! ぅあ……」
 一瞬驚いたような声を上げたものの、カスパルはすぐに快感を滲ませた声を漏らした。
 リンハルトはカスパルのものを深く咥え込み、ゆっくりと頭を動かしていく。亀頭を喉の奥まで呑み込み、入りきらない部分は手で扱いていると、その動きに合わせるようにカスパルの腰も揺れ始めた。
「ひ、あっ……ふ、ぁ……!」
 鈴口に軽く舌先を押し込むとカスパルは大きく体を跳ねさせ、びくびくとその背筋を震わせる。舌で先端を舐めるとじわりと先走りが滲み、陰嚢がきゅっと持ち上がって快感を訴えてきた。
 快楽に身を委ねるカスパルの姿に思わずリンハルトの口角が上がる。もっと気持ちよくして、カスパルの期待に応えてあげたい。そんな思いから、リンハルトは口腔で愛撫を続けながらそっと後ろに手を伸ばした。
「あっ……!」
 後孔の縁を指先でなぞると、カスパルの口から一際大きな声が漏れる。固く閉じていると予想していたそこは存外に柔らかく、指先を少し押し込むだけでくぷりとそれを飲み込んだ。
「……もしかして、慣らしておいてくれたのかな?」
 リンハルトはいったん性器から口を話してそう訊ねる。カスパルは恥ずかしそうに視線を泳がせたが、やがて観念したのか小さく頷いた。
「だから……お前ならどうするか考えてたって言ったろ」
 どうやらリンハルトが読書にふけっているあいだ、カスパルは自分で後ろを弄っていたらしい。
 初めて体を重ねたときには性器を触られることにも戸惑っていたというのに――そんな記憶がリンハルトの脳裏をよぎったが、それと同時にそんな彼が少しずつ行為に慣れてきたのだと思うと愛おしさが込み上げてきた。
「嬉しいなあ……ありがとう」
 リンハルトはもう一度カスパルの性器に口付けて体を起こし、寝台脇の棚から香油の入った瓶を取り出す。香油を掌に垂らして体温で温めてからカスパルの後孔へと手を伸ばすと、既にいくぶんか解れているそこは容易に指を迎え入れた。
「あ……っ! あ、うぁ……!」
 香油を足しながら指を増やしていき、カスパルの感じる部分を指先でぬちぬちと刺激する。膨らんだしこりを軽く叩くとカスパルの腰がぴくぴくと震え、押し出されるようにして鈴口から先走りが溢れてきた。
 官能的な恋人の姿にリンハルトは唇を軽く舐め、亀頭に吸い付いて先走りをちゅっと吸い上げる。先走りが尿道を通り抜ける感覚にカスパルはまた呻き、リンハルトの指を咥えたそこをきゅっと締め付けた。
「……そろそろ大丈夫かな? 入れてもいいかい?」
 三本の指が容易に抜き差しできるようになったところで、リンハルトはいったん愛撫をやめてカスパルに訊ねる。カスパルは快感に潤んだ瞳をリンハルトに向けたまま、こくこくと頷いて行為の先を促した。
 平時であればよく動くカスパルの口は、行為中は気恥ずかしさからか少し寡黙になる。代わりに首を縦や横に振って意思表示をしてくれるわけだが、その仕種がどうにも拙く見えて庇護欲を掻き立たせるのだった。
「ゆっくりするからね」
 リンハルトは後孔から指を引き抜き、カスパルの膝裏に手を添えて大きく足を開かせる。
 何度か体を重ねてもこの体勢には未だに羞恥心が拭えないらしく、カスパルはいつも腕で顔を覆ってしまう。その初々しさを可愛らしいと感じるいっぽうで寂しさもあるリンハルトは、口付けを強請ることによってカスパルの視線を自分のほうへと向けさせた。
「んっ……ふ……」
 カスパルの舌を捉えて深く口付けながら、リンハルトは自身をカスパルの後孔にぴとりと押し当てる。その熱さを感じたカスパルは期待するように腰を浮かせ、ひくつく窄まりをリンハルトの亀頭に擦り付けてきた。
「んっ……ぁ……!」
 求められるまま腰を進めると、リンハルトのものはいとも容易くカスパルの中へと呑み込まれていく。
 喉から漏れる甘い声を呑み込みつつ口付けを深めれば、カスパルは縋るようにリンハルトの背へと腕を回してきた。カスパルの体内は待ちわびていたかのように亀頭や竿にしゃぶりつき、その快感にリンハルトは呼吸を詰まらせる。
 根元まで全て収めきったところでリンハルトはいったん動きを止め、カスパルの目尻に浮かんでいた涙を唇で掬った。そのまま鼻や頬、唇に口付けていけば、カスパルの体から徐々に力が抜けてゆくのを繋がった箇所から感じられる。
「動くよ」
 唇を離し、吐息が触れるほどの距離でそう告げれば、カスパルはぎゅっと目を瞑りながら小さく頷いた。それを確認してからリンハルトはゆっくりと腰を引き、雁首が後孔のふちにひっかかったあたりでまた深く沈めた。
「あ……あっ……! あぅ……!」
 亀頭の膨らみで前立腺を擦りながら、やわらかな内壁を奥深くまで抉るように先端を押し込む。
 カスパルのそこは腰を進めるときは迎え入れるように解れるのに、引き抜こうとすれば嫌がるように締め付けを強くした。それに抗って雁首まで引き抜くと、肉の輪が窪みに食いついてたまらない快感を与えてくる。
 その反応はまるでカスパルの体が自分を欲しているように感じられて、リンハルトの胸の内をいっそう満たしてくれた。
「あ、ぅ……ん……! あ……」
 カスパルは陶酔するように口の端から涎を垂らし、奥を突き上げる度に切なげな声を零す。快感に蕩けきったカスパルの表情はひどく官能的で、リンハルトの胸中にはもっと快感を与えたいという欲が湧いてきた。
 リンハルトは一旦抜ける寸前まで自身のものを引き戻すと、再びカスパルの最奥目がけて腰を打ち付ける。勢いをつけたことによって繋がりも深くなり、今まで届いていなかった部分にまで自身が届いた感覚があった。
「ひぁっ! あ……!」
 突然の刺激に驚いたのか、カスパルの体がびくりと跳ねる。
 リンハルトはカスパルの奥を抉るように腰を打ち付けながら、勃ち上がったままのカスパルの性器に指を絡めた。先走りの液でぬめったそこは掌で擦る度にぬちぬちと水音を立て、カスパルはそれを恥じらうようにいやいやと首を振る。
「……っ! あ、うぁ……!」
「気持ちいい?」
「んっ……!  あ……い、いいっ……! あ……!」
 リンハルトはカスパルの耳朶に口付けを落としながら、竿を扱く手の動きを速めていく。最奥まで押し込んだまま腰をぐりぐりと回すと、カスパルは悲鳴のような声を上げて体を仰け反らせた。
「あ……あっ、や……! もう……!」
 限界が近いのか、カスパルはリンハルトの背にしがみつきながら必死に何かを訴えかけてくる。ここで焦らすのも吝かではないのだが、今日はカスパルの望むままに抱いてあげたい気分だった。
「ん……いいよ」
「いっ……や、あっ――!」
 耳元で囁くと同時に鈴口に爪を立てると、カスパルは声にならない嬌声を上げながら大きく体を震わせた。同時に性器を咥え込んだままの体内が搾り取るように強く締まり、リンハルトは抗えずにカスパルの中に精を吐き出す。
 その瞬間には、いつも溶けてしまいそうなほどの快感があった。
 それは直接的な刺激による快感もあるのだろうが、カスパルが自分を受け入れてくれているという事実がそう感じさせるのだとリンハルトは思っている。
 心も体も繋がっていると感じる瞬間が、カスパルを抱くたびにやってくるのだ。それは麻薬に浸るような幸福感をリンハルトに齎し、同時に底のない欲求も呼び起こした。
「あ……は、ぁ……」
 カスパルの呼吸と震えが落ち着くのを待ってから、リンハルトは慎重に性器を引き抜いた。
 はくはくと収縮する窄まりから自身の白濁がとろりと溢れ出すのを見ると、リンハルトは中出しという行為に対する申し訳なさと同時に、それを許されていることに対する充足感を覚える。
 カスパルを所有したいなどと思っているわけではないが――それを求めてはいけないと思っているというほうが正しい――この瞬間ばかりは彼を自分のものにしたような錯覚に見舞われてしまうのだ。
 リンハルトは鼻に抜けるような甘い声を漏らしたカスパルを抱き締めながら、胸の中に溢れる愛しさのままに髪や瞼に何度も口付けを落としてゆく。
 しばらくのあいだそうやって触れるだけの口付けを繰り返していると、やがてカスパルがゆっくりと目を開いた。
「その……ありがとな」
「うん?」
 掠れた声で謝礼を述べるカスパルに、何に対して礼を言われたのかわからないリンハルトは首を傾げる。
「いや……オレからしたいって言ったから……」
「ああ……なんだ、そんなことか。僕がしたくてしてるんだからいいんだよ」
「でも、お前はありがとうって言うじゃねえか」
「それはまあ、そうだね」
 こうしてカスパルと性行為ができるのは、カスパルがリンハルトを受け入れてくれるからこそだ。本来は受け入れるようにできていない体を無理に暴いているのだから、その気持ちに礼を伝えるのは当然のことだとリンハルトは思う。
 だからカスパルの言う礼とは意味合いが異なるのだが――律儀な彼はリンハルトに倣って自分も礼を言うべきだと思っているらしい。
「……じゃあ、どういたしまして」
 リンハルトはカスパルの額に口付けをひとつ落とし、彼の体をぎゅっと抱き締めた。カスパルの体はリンハルトよりもいくらか体温が高く、抱き締めていると心地よさを感じる。
 その体温をより感じるために体を密着させていると、次第に瞼が重たくなってくるのを感じた。このまま眠ってしまいたい気持ちもあるが、さすがに汗や体液で汚れた状態で眠るわけにもいかないだろう。
「カスパル、体を流そうか」
「ん……おう……」
 リンハルトはカスパルの背中を優しく撫でながらそう声をかける。
 カスパルも睡魔に襲われているのか、胡乱な返事こそ返したもののその目はとろんとして今にも閉じてしまいそうだ。
 そのうちカスパルはむずがるようにリンハルトの胸に顔を擦りつけ、そのまますうすうと寝息を立て始めてしまった。
「あ……寝ちゃったのか」
 リンハルトはカスパルの頬に口付けたのちに寝台から下り、手拭いを持って湯殿へと向かう。それから盥に水を汲んで手拭いを浸し、固く搾って湿らせたのちにカスパルの体を清めていった。
 普段は衣服に覆われて見えない部分もすべて見たうえで情交に至っているわけだが――改めてカスパルの体を眺めているとリンハルトは感慨深くなってしまう。情事のあとの酩酊感も相俟って、リンハルトはそれを体を目に焼き付けるようにしばし観察した。
 出会った頃は同じくらいの身長だったというのに、今ではすっかりとカスパルを見下ろすのが当たり前になっている。その代わりというわけではないが、カスパルの体は鍛え抜かれた筋肉に覆われていて、均整の取れた美しい体躯をしていた。
 逞しい肢体を特に好んでいるわけではないが、カスパルの肉体は彼の人並みならぬ努力の賜物なのだと思うと愛おしく思えてくる。体も心も強く逞しく成長しているというのに、寝顔だけは昔と変わらないあどけなさを残しており、瞼を伏せた無防備な姿は未だ少年のようだった。
 リンハルトはそんなカスパルの寝顔にくすりと笑みを零すと、彼の体を清める作業を再開した。体液でべたついた肌の上を布が滑り、日に焼けたカスパルの皮膚を優しく撫でてゆく。
 カスパルの体は首筋や胸、腹に至るまで大小さまざまな傷跡が残っている。その跡を目にするたびにリンハルトは胸の奥が痛くなるのだが、同時にその傷跡を残した出来事がカスパルに齎した功績を思って心がざわめいた。
 リンハルトはその傷痕ひとつひとつを指でなぞり、そこに唇を寄せていく。
 首から肩にかけて残る鋭い線をなぞるように舌で舐め上げると、眠っているカスパルの体がぴくりと震えた。そのまま鎖骨や胸の突起にも口付けてゆき、最後に彼の唇へ口付ける。
 軽く触れるだけの口付けだったが、それでも眠りの中にいたカスパルの意識を浮上させるには充分だったらしい。淡い色をした睫毛がぴくりと震えたかと思うと、伏せられていた瞼がゆっくりと開いた。
「ん……?」
 寝ぼけ眼のカスパルと視線が絡み合う。リンハルトはふっと口元を緩め、カスパルの体をぎゅっと抱き締めた。
「おはよう、カスパル」
「……おう」
 まだ寝惚けているのか、カスパルの声はどことなく気怠げだ。
 そんなカスパルを腕の中に閉じ込めたまま頭を撫でると、猫のように目を細めて頭をすり寄せてくる。それがたまらなく愛おしくて、リンハルトはもう一度彼の唇に口付けた。
「ふは……くすぐってえよ……」
 軽く唇を食んでから口を離すと、カスパルは小さく笑って身を捩る。状況はまったく異なるというのに、その笑顔は幼い頃に彼と添い寝したときの記憶を呼び起こさせた。
 途端、リンハルトは自分の中で未だに燻っていた情欲の炎が凪いでゆくのを感じた。代わりに湧いてきたのは途方もない愛しさで、リンハルトはそれを伝えるようにカスパルの体をしっかりと抱き締める。
「……ね、明日は久しぶりに逢い引きしようか?」
「逢い引き? 二人で旅してんだから、毎日逢い引きしてるようなもんじゃねえのか?」
 リンハルトの提案にカスパルは不思議そうに首を傾げた。そんな恋人の反応にリンハルトは苦笑し、抱き締めていた腕を少し緩める。
「まあ、そうとも言えるんだけど……旅の一環としてじゃなくてさ、一緒に食事をしたり、買い物をしたり、ただ街を歩いたりしたいなって」
「普段とあんま変わらねえ気がするけど……まあ、お前がしたいならいいぜ」
「ふふ、じゃあ決まりだね」
 リンハルトはカスパルの首筋に顔を埋めて甘えるように鼻先を擦りつけた。カスパルはくすぐったそうに肩を竦めたが、リンハルトを振り払うことはせずにそのままの体勢で抱き締め返してくる。
 自然の流れのように重ねた唇の隙間からは互いの吐息が漏れ、まだ情交の熱が残る空気に溶けていった。

 夢とじゃれあう


「これ、本当に効果あんのかなあ」
 カスパルは手の中にある香炉をしげしげと眺めながらつぶやく。
 目的の町にたどり着き、宿屋の一室を借りてしばらく滞在することにしたのが先刻の話だ。カスパルとリンハルトは荷物を降ろして外套を脱ぎ、汗や砂塵に汚れた体を清めてようやく寝台に腰を降ろした。
 この香炉は、そこまでの移動中に出会った隊商の一員から貰ったものだ。
 その隊商は道中の山間部で野党に襲われていた。商人たちの悲鳴を聞きつけたカスパルはその声を辿って野党を見つけ出し、遠方から手斧を投げつけてまず一人を仕留めた。
 野党たちは思わぬ奇襲によって混乱し、その隙に隊商が雇っていた用心棒たちが反撃を始めた。野盗たちは慌てふためいて逃げ散り、隊商は命も物資も奪われずに済んだというわけである。その後、リンハルトが傷を負っていた商人や用心棒たちを魔法で癒してやった。
 商人たちは二人にいたく感謝し、礼として旅に必要な物資の一部を分け与えてくれた。その中に、この香炉とそれに使うための香炭も入っていたのだ。
 商人いわく、この香炉は『望んだ夢を見ることができる香炉』だそうなのだが――その手の代物に興味を持たないカスパルにとっては、いまいちありがたみに欠けてしまう。
「望んだ夢を見られるかは怪しいけれど、安眠効果はありそうだよね。僕はこういうの嫌いじゃないよ」
 リンハルトは慣れた手つきで香炉の中に灰を敷き詰めてゆく。
 カスパルにとって香などというものは「屋敷の召使いが焚いているもの」程度の認識であったが、安眠にこだわるリンハルトにとっては慣れ親しんだ器具のようだった。
「どれ……ああ、甘い香りがするね、この香炭。ふふっ、悪くないね」
 香炉に火をくべると香炭が徐々に燃え始め、ふわりと甘い香りが室内に広がる。その芳香にリンハルトは目を細め、カスパルはくんくんと匂いを嗅いでは首を傾げた。
「香りは悪くねえけど、見たい夢なんて言われてもなあ……夢なんて起きたら忘れてるしよ」
「確かにそうだね。でも、僕は夢の中でも君に逢えたらいいなって思うよ」
 リンハルトは寝台に横になって毛布を被り、ひとつ欠伸をしてからカスパルを手招く。
 さらりと発せられたその言葉にカスパルは照れくさそうに頭を掻きつつも、招かれるままリンハルトの隣に滑り込んだ。
 どちらからともなく顔を近づけて軽く唇を重ね、そのままゆっくりと何度も啄むような口付けを繰り返す。衣服越しに触れ合った体から互いの体温が伝わり、それはやがて緩やかな眠気をもたらした。
 心地よい温もりに包まれてしまえば、睡魔に抗うことなどできるはずもない。二人は香炉から漂う甘い香りと互いの吐息を感じながら、眠りの世界へと落ちていった。

 その数刻後――リンハルトはふと目を覚ました。
 まだ日が昇っていないのか室内は薄暗い。香炉の中は既に空になって灰だけが残っており、ほんのりと甘い残り香が漂っていた。
「リンハルト……」
 リンハルトの身動ぎに反応したのか、隣で横になっていたカスパルが寝惚けたような声で呼びかけてくる。
「ごめん、起こしちゃったかな」
 リンハルトはカスパルを抱き寄せながら、旅路の中で少し伸びた髪をくしゃりと撫でた。
「いや……それはいいけどよ……」
 カスパルは欠伸をしながらリンハルトの腰に腕を回し、肩口に顔を埋めて頬を擦り寄せてくる。
「……なんか夢でお前が出てきた気がするんだよな」
「そう……それは光栄だね」
 リンハルトは努めて穏やかにカスパルに問いかけたが、内心は穏やかではなかった。
 ここ数日は野営が続いていたため、カスパルと体を触れ合わせるのは久しぶりなのだ。だから、こうして甘えてくれるのは嬉しいのだが――こうも密着されると、それ以上を求めてしまいそうになる。
 とはいえ、相手は半分寝ているような状態だ。このまま性行為に及ぶのは、酔った相手を襲うようでどうにも気が進まない。
「リンハルト」
 理性と欲求の板挟みになったリンハルトがどうしたものかと考えあぐねていると、カスパルが不意に顔を上げた。
 その目は眠気のせいか潤んでおり、頬もほんのりと紅潮している。本当に酒か何かを飲んだあとのようだが、今日は晩酌はしていないので酔っ払っているはずはないのだが――。
「リンハルト……」
 カスパルは再び名を呼びながら、そっと手を伸ばしてリンハルトの頰に触れた。そのままゆっくりと首筋から鎖骨にかけて指先を滑らせてゆく。
「カスパル、どうしたの?」
「……もっと触ってもいいか?」
 リンハルトが聞き返す間もなく、カスパルはリンハルトの首筋に顔を埋めて舌を這わせてきた。その感触にぞくりと背筋が震え、思わず声が漏れそうになる。
「なんか、変なんだよ……体が熱くてよ……」
 カスパルは熱に浮かされたように潤んだ瞳でリンハルトを見つめると、下肢を押し付けてゆるゆると腰を動かし始めた。
「わっ……ちょっ、カスパルっ」
 カスパルのそこは既に熱を持っており、太腿に押し当てられたそれが脈打つ感覚にリンハルトは動揺する。
 カスパルはそんなリンハルトの反応などお構いなしに、そのまま緩慢に腰を動かし続けた。
「な……変だろ? まだなにもしてねえのに……」
 カスパルはリンハルトの太腿に陰茎を擦りつけながら熱っぽい吐息を吐き出す。その息遣いと布地越しでもわかる熱量に、リンハルトはごくりと生唾を飲み込んだ。
 これはもしかしたら夢なのではないか――あまりにも大胆すぎるカスパルを前にして、リンハルトはそう思わずにはいられなかった。そうでなければカスパルがこんな、都合のいいように求めてくることはないはずだ。
「……そっか、あの香炉は本物だったんだね」
 リンハルトはぽつりとつぶやき、腕の中で震えるカスパルを寝台に縫い止めるようにして押し倒した。そして艶めかしく色づいた唇に自らの唇を押しつけ、そのまま舌を割り入れて絡め合う。
「ん……ふ、ぁ……」
 カスパルは鼻にかかった吐息を漏らしながらリンハルトの口付けを受け入れる。
 リンハルトはカスパルの上顎を舌先で擽りながら衣服をたくし上げ、既に硬くなりつつある胸の突起を指先で優しく愛撫した。指で挟んで引っ張ってみたり、押し潰したままくりくりと捏ね回せば、そこは徐々に芯を持ってぷくりと勃ちあがってゆく。
「っ……ん、ぅ……」
 口付けの合間にもカスパルはくぐもった声を漏らし、腰をくねらせてリンハルトの体に下肢を押し付けていた。
 リンハルトはカスパルの下肢に手を伸ばし、窮屈そうにしている性器を解放するべく下着に手をかける。下着をずらすと屹立しているそれに布地がひっかかり、強引に引き下ろすと亀頭が反動でぶるりと揺れた。
「カスパル……もうこんなにして、今日はずいぶんと積極的だね」
「あっ、ぅ……んん……」
 カスパルの性器はすっかり熱を持っており、鈴口から蜜を滴らせながら震えている。
 リンハルトはそれに指を絡めて根元からゆっくりと扱いてやった。指の動きに合わせて先端からはとろりと蜜が溢れ出し、幹を伝って下生えを濡らしてゆく。その滑りを借りて更に激しく扱けば、カスパルはびくびくと体を震わせた。
「あ、あっ! や……っ」
「嫌じゃないでしょ? こんなに気持ちよさそうにしてるのに」
 リンハルトが手を動かすたびにぐちゅぐちゅと濡れた音が響き、カスパルの腰がもどかしそうに揺れる。その光景を楽しみながら雁の裏側を指先でくすぐると、小刻みに揺れていた腰がびくんっと跳ね上がった。
「ふふっ、どうしたの? そんなに腰を揺らしちゃって」
「っ……うる、せ……」
 リンハルトは悪戯っぽく笑ってカスパルの鈴口に軽く爪を立てる。敏感な箇所への刺激にカスパルは堪らず背を反らし、新たに蜜を零しながら甘い嬌声を上げ続けた。
 リンハルトはそんなカスパルの反応を眺めつつ鈴口を擦ったり、根元から幹を扱いたりして絶頂へと追い上げる。カスパルは内股をびくびくと震わせながら敷き布を握り締め、迫り来る絶頂に身悶えていた。
「り、リンハルトっ……!」
 潤んだ瞳で懇願するように名前を呼ばれ、リンハルトはぞくぞくとした高揚感を覚える。
「うん……? なに?」
 どうせ夢の中なのだ、と思うと悪戯心が湧き、リンハルトは焦らすように亀頭をゆるゆると撫でた。
「あっ、あぁ……っ!」
 カスパルは切なげに眉を寄せて弱々しく首を横に振る。限界が近いのだろう、カスパルは腰を震わせながらリンハルトの手に屹立を押し付けて自ら刺激を得ようとしていた。
「カスパル、どうして欲しいのか言ってくれないとわからないよ」
 そのいじらしい動作にますます煽られ、リンハルトはわざとらしく囁きながらもどかしい愛撫を続ける。
「あ……っ、や、やめ……」
 雁の裏側をくすぐるように指先で引っ掻き、裏筋を指先で優しく撫で上げると、カスパルは切羽詰まった声を漏らして腰を震わせた。
「カスパル……言ってよ」
 リンハルトは羞恥心を煽るように、あえて耳元で囁きながら雁首を擽りつつ上下に扱いてやる。そして蜜を垂れ流す先端に指先を食い込ませると、鈴口をぐりぐりと容赦なく抉った。
「ひっ!? あ、ああっ!  やめっ……あ……!」
 性感帯への苛烈な責め苦にカスパルは堪らず背を反らせる。しかしリンハルトは再び緩慢な愛撫へと切り替え、射精を許さないように根元をきゅっと握り込んだ。
「あ……う、あ……」
 あと少しで絶頂に達するというところで熱を堰き止められてしまったカスパルは、切なげに眉を寄せて涙目になりながらリンハルトを見上げる。
「……どう?」
「……っ」
 カスパルが羞恥に唇を噛み締めて押し黙ると、リンハルトは追い打ちをかけるように再び雁首を擽り始めた。今度は触れるか触れないかという程度の軽さで撫で回し、ときおり爪先で軽く引っかくように刺激する。
「あ……っ、はぁ、あっ……」
 じわじわとした快感がカスパルを襲い、薄く開いた唇から切なげな声が零れる。リンハルトが根元をぎゅっと握るとカスパルは低く呻き、解放をねだるように腰を揺らした。
「……ふふ、可愛いね」
 リンハルトはカスパルの痴態を味わいながら再び先端に爪を立てる。滲み出た先走りを塗り込めるように指の腹で擦り、指先で円を描くようにして鈴口を撫で回すと、濡れたそこは摩擦によってくちゃりと音を立てた。
 熱に浮かされたように潤んだカスパルの瞳は切なげに細められ、目元を赤く染めて懸命に快感を堪えている。そんないじらしい表情とは裏腹に腰の動きは止まることなく、リンハルトの手に亀頭を押し付けるようにして揺れ続けていた。
「あっ、あ……も、もう……!」
「もう……イきたい?」
 リンハルトは根元をぎゅっと握ったまま鈴口に軽く爪を立て、尿道を爪先でくじるように刺激する。そして今度は裏筋を撫で上げ、陰嚢へと手を滑らせていった。
「あ、あっ、や……!」
「ね……言ってほしいな」
 リンハルトは甘く囁きながら陰嚢を優しく揉み、蟻の門渡りを指先で擽る。同時に鈴口をぐりぐりと抉るようにして刺激すると、カスパルは堪らず腰を震わせて嬌声を上げた。
「あっ、あ……! いっ……イきたい……! イきたいんだって……!」
「ふふ、わかったよ」
 カスパルが涙声で懇願するとリンハルトは満足げに笑い、根元を握っていた手を離す。すると今度は陰茎全体を包み込み、絞るようにして上下に激しく扱き上げた。
「ひっ!? あ、ああっ! やぁっ……り、りん……っひぁ!?」
 突然与えられた激しい愛撫に、カスパルは大きく目を見開いて爪先で敷布を蹴る。反射的に腰を引いて逃げ出そうと藻掻く体をリンハルトは引き戻し、更に密着させて火照った肌同士を擦り合わせた。
「あっ……や、もっ……でるっ……!」
 リンハルトの手の動きに翻弄されながらカスパルは甘い声を上げ続ける。限界が近いのか内股は震え、爪先は敷き布を巻き込むようにして丸まっていた。
「うん……いいよ。出してごらん?」
 リンハルトは優しく微笑んで手の動きを更に速める。竿を扱きながらもう片方の手で先端を包み込み、先走りを亀頭に塗り込むようにしてぐりぐりと刺激した。
「あ、あっ! あっ、あぁ……ッ!」
 カスパルは断続的に声を上げながらリンハルトの手の動きに合わせて腰をかくかくと揺らす。そして一際高い声を上げたかと思うと、リンハルトの手の中に熱い飛沫が放たれた。
「あ……っ、はぁ……あ……」
 びくびくと腰を震わせながら最後の一滴まで搾り取るように優しく扱かれ、カスパルは脱力して寝台に身を投げ出す。
「ふふ、いっぱい出たね」
 絶頂の余韻に体を震わせながら荒い呼吸を繰り返すカスパルを見下ろし、リンハルトはその額にそっと口づけを落とした。
 カスパルは恥ずかしそうに顔を背けて腕で目元を覆ってしまう。その仕種がまた愛らしく、リンハルトはふっと笑みを零した。
 あの香炉が本当に『見たい夢が見られる香炉』であるのなら、この淫らなカスパルも意地悪な自分も、自分が望んだものなのだろうか。
 リンハルトはぼんやりとそんなことを思いながら、次の行為に移るべく香油を取り出した。容器の中に入っていた油を掌に垂らし、指に絡ませて体温に馴染ませていく。
「……カスパル」
 リンハルトが名前を呼ぶとカスパルはゆっくりと視線を向けた。その瞳はまだ情欲の色に染まっており、薄く開いた唇から熱っぽい吐息を漏らしている。
「いい?」
「……ん……」
 リンハルトが確認すると、カスパルは小さく頷いておずおずと脚を開く。その扇情的な動作に誘われるまま、リンハルトは香油に濡れた指先を後孔へと押し当てた。
「痛かったら言ってね」
 リンハルトは念を押すようにそう言うと、香油で濡れた指先をカスパルの秘部へと押し当てた。受け入れることに慣れたそこは既に柔らかく綻んでおり、潤滑油の滑りを借りてすんなりと指を根元まで呑み込んでゆく。
「あ……っ」
「すごいね……僕の指が簡単に入るよ」
 カスパルの内壁は待ちかねていたかのようにひくつき、リンハルトの指をきゅうっと締め付ける。その心地よさにリンハルトが思わず感嘆の声を漏らすと、カスパルは恥ずかしそうに身を捩った。
「もっ……はやく……」
 照れ隠しのように続きを催促され、リンハルトは小さく笑ってゆっくりと指を動かし始める。内壁を広げるようにぐるりと円を描きながら抽送を繰り返し、指の腹でしこりを優しく撫で上げればカスパルはびくんと腰を跳ねさせた。
「ひっ!  あ……っ、やぁっ……!」
「嫌じゃないでしょ?  ここ、気持ちいいもんね」
 リンハルトは宥めるように言いながらしこりを指の腹でぐりぐりと押し潰す。挿入したままの指を軽く開くと後孔がくぱりと口を開け、空気に晒された粘膜がひくりと震えた。
「あっ、あ……!  そこ、ばっか……」
「でも、ここ好きだよね? ほら……」
 リンハルトは二本の指でしこりを挟み込むようにして擦り上げたり、指先でとんとんと叩くように刺激する。次第にそこはぷっくりと腫れ上がり、より強い愛撫をねだるかのように存在を主張してきた。
「あっ……あ! やっ……!」
 カスパルは敷布に爪を立て、だらしなく涎を垂らしながら身悶えている。
 カスパルのそこはリンハルトが指を抜こうとすれば名残惜しげに締め付け、出ていこうとするそれを引き止めるようにきゅっと締まった。
「ふふ……可愛い」
 香油と腸液によってカスパルのそこが淫らな音を立てるようになった頃、リンハルトはようやっと指を引き抜いた。カスパルは切なげに眉を寄せ、小さく声を上げながらふるりと震える。




 


「うん、だいぶ柔らかくなってきたね」
「はぁ……っ、あ……」
 喪失感にひくつく後孔を指でなぞりながら、リンハルトは吐息混じりにつぶやく。
 初めてカスパルを抱いたときの硬く閉じた後孔の感触を思い出すと、リンハルトは感慨深い気持ちになる。あれから何度も体を重ねるうちに、カスパルのそこは次第に解れてリンハルトを容易に受け入れてくれるようになった。
「そろそろ入れるね……息を吐いて力を抜いてくれるかな」
 リンハルトは再び香油を掌に垂らして自身の陰茎に塗り込めた。香油と先走りで濡れた亀頭をカスパルの後孔に押し当てると、カスパルは早く欲しいとせがむように腰を揺らめかせる。
「……そんなに欲しかった?」
 からかうよう問いかければ、カスパルは照れ隠しをするようにリンハルトの肩口に顔を埋めた。そしておずおずと背中に腕を回し、「……はやく」と小さな声で行為の続きを促す。
「ん……いくよ」
 リンハルトはカスパルの腰を掴み、ゆっくりと体重をかけて自身を押し進めてゆく。
 ぬかるみが先端をくぷくぷと飲み込む感触がたまらず、リンハルトは思わず熱い吐息を漏らして身震いをした。根元まで埋め込んだあとは一度動きを止め、体内を質量に馴染ませるように軽く揺する。
「あっ、あ……んっ……」
「はぁ……カスパルの中、すごく熱い……」
「り、リンハルトのも……」
 カスパルの内壁で自身を扱かれる感覚に、リンハルトは堪らず眉根を寄せて熱い吐息を吐き出した。カスパルは吐息混じりに呟きながら、腰を押しつけては軽く揺するような動作を繰り返す。
「カスパル……あんまり、煽らないで……加減できなくなっちゃうよ」
「ん……いいから、もっと……」
 カスパルはリンハルトの肩に鼻先をすり寄せ、誘うように後孔で自身を締め付けてくる。
 普段は色気のひとつも見せないカスパルの意外な一面がいじらしくて、可愛くて愛しくてたまらない。リンハルトはそんな想いに突き動かされるようにカスパルの腰を掴み、一度自身を入り口付近まで引き抜いたあと一気に奥まで打ち込んだ。
「ひっ、あ……っ! あぅ……!  ああぁ……ッ!」
「カスパル、カスパルっ……!」
 前立腺をごりごりと擦り上げられながら最奥を突き上げられ、カスパルは悲鳴じみた嬌声を上げ続けた。それでも肉壁は柔らかく陰茎を包み込み、ひくつきながら奥へと誘い込むように蠢いている。
「あっ! ああぁっ! り……リンハルトっ……!」
「……っ、はぁ……カスパル……」
 肌と肌がぴったりと触れ合うほど深く繋がったまま、リンハルトは夢中でカスパルの体を揺さぶった。奥深く挿入して小刻みに腰を押しつければ、カスパルはびくびくと体を震わせながら熱い体内で締め付けてくる。
「やっ……! あ、ああぁっ! おくっ……ぅ……!」
「はぁ……好きでしょ? こうされるの……」
 リンハルトがぐりぐりと腰を押し付けて捏ね回すように動かすと、カスパルは切羽詰まった声で喘いだ。最奥の窄まりをこじ開けるようなリンハルトの動きに、カスパルは涙声で訴えながら首を横に振る。
「あぅ……っ!  あっ、だめ、だって……!」
「……どうして駄目なの? こんなに気持ち良さそうにしてるのに」
 最奥を責めながら意地悪く問いかけると、カスパルは羞恥に頬を染めながら小さく呻いた。そのあいだもリンハルトの動作は止まらず、奥の窄まりを先端で軽くつつくようにして刺激する。
「そ、そこ……されると……」
「うん?」
「なんか、おかしくなるっつうか……」
「……そう」
 リンハルトは困ったように眉尻を下げたのちに、カスパルの目元に口付けを落とした。そして宥めるように優しく頭を撫で、耳元へ口を寄せて低い声で囁く。
「おかしくなるくらい気持ち良くしてあげるね……」
 久しく湧き上がってきた悪戯心を抑えることができず、リンハルトは口元に薄く笑みを浮かべた。紅潮したカスパルの耳を舐め上げて甘噛みをすると、その刺激に反応するように内壁がきゅうっと締め付けを増す。
「あっ……!?」
 カスパルの体を抱き起こし、膝の上に乗せて下から貫くように突き上げる。カスパルは一瞬浮遊感に驚いたような表情を浮かべたが、すぐに自重で深くまで陰茎を咥え込むことになってしまい声にならない悲鳴を上げた。
「は……っ! あ、ああッ……!  やっ……!」
「はぁ……カスパル……」
 リンハルトはカスパルの体を抱き寄せてその首筋に顔を埋める。汗ばんだ肌の匂いを嗅ぎながら息を吸い込むと、甘い毒に侵されたような酩酊感に襲われた。それを更に堪能するように、舌先で首筋から耳朶までをくすぐるように舐め上げてゆく。
「ん……っ! あ、耳……やめっ……!」
「ふふ……可愛い」
 舌先で耳の形をなぞるように舐め上げながら、カスパルの胸の尖りを摘んでは押し潰す。そのまま指の腹でぐりぐりと捏ね回すと、カスパルは小さく喘ぎながらびくびくと体を跳ねさせた。
「あっ……! やだっ……そこ……」
「ここも好きだよね」
「ああぁっ!」
 リンハルトは指先で乳首を摘み上げ、同時に下から思い切り突き上げた。
 重力に従って深く突き入れられた陰茎が最奥をごりごりと抉る感覚に、カスパルは思わずリンハルトにぎゅっとしがみつく。リンハルトは密着した体勢のまま何度も何度も突き上げ、亀頭で敏感な部分を容赦なく擦り上げた。
「ひっ、ああぁっ!  やっ……!」
「カスパル……」
 リンハルトは舌舐めずりをして自身の唇を濡らすと、そのままカスパルの唇を塞ぐようにして口付ける。そして舌を差し入れて上顎や歯列をなぞり上げ、逃げる舌を絡め取って吸い上げた。
「んっ……ふ、ぅ……っ」
 カスパルは苦しげに眉根を寄せながらも必死に応えようと舌を動かしてくる。その様子が可愛くて愛しくて、リンハルトは夢中になってカスパルの口内を貪った。
「はぁ……っ、ん……」
「ふぁ……あっ!  んんっ……!」
 口付けを交わしながら下から激しく突き上げると、カスパルは悲鳴のような嬌声を上げながら体を震わせる。リンハルトはその吐息を飲み込むようにカスパルの口腔を貪り、唾液を交換し合っては舌を吸い上げた。
「はぁ……ん、カスパル……気持ちいい……?」
 リンハルトは口付けを解き、鼻先を擦り合わせながら甘えるように問いかける。その間も容赦なく最奥を突き上げられたカスパルは、リンハルトの首にしがみつきながらこくこくと頷いた。
「あっ……!  あぅ……っ!  きもちっ、きもちいいから……!」
「ふふ、よかった」
 リンハルトは満足げに微笑んだのちに、一層強く腰を打ち付けた。自重で落下したカスパルの尻が肌に密着するのを感じながら、奥をぐりぐりと捏ね回すように腰を動かす。
「ああぁっ! あぅ……っ!」
「はぁ……気持ちいいね、カスパル」
 カスパルの甘い声が心地よく耳朶を揺らすのを感じつつ、リンハルトは更に律動を速めた。カスパルの体を揺すり上げながら再び耳に舌を這わせ、わざと水音を立てて舐め回す。
「やっ……! あ、あぁんっ! みみっ、だめ……だ……!」
「んっ……駄目じゃないでしょ?」
「あっ! あぅっ! り……りん、はるとぉ……ッ!」
 リンハルトは低く囁きながら耳朶を甘噛みし、耳の中にまで舌を差し入れてくちゅくちゅと舐め回した。カスパルは途切れ途切れに名前を呼びながら、リンハルトの首に回した腕にぎゅっと力を込める。
 リンハルトはそれに応えるようにカスパルの腰を掴んで断続的に突き上げた。最奥をこじ開けるように腰を押しつけながら小刻みに揺らすと、先端が奥の窄まりにめり込んでは引き剥がされる。
「あ……っ! あ、あぁ……っ!」
 それを繰り返すうちに徐々に綻んでいき、やがてぐぷりと先端が沈み込むような感覚があった。
 その瞬間カスパルの体が大きく跳ね、背中に回された腕がリンハルトの体を強く掻き抱く。それと同時に内壁が陰茎を強く締め付けてきて、痛いほどの刺激にリンハルトは小さく呻いた。
「……もしかして、イッちゃったのかな?」
 リンハルトはあまりの快感に思わず息を詰まらせたが、すぐに我に返ってカスパルの顔を覗き込む。カスパルは虚ろな瞳で喘鳴を繰り返していたが、リンハルトの声に気がつくと小さく首を縦に振った。
「はぁ……可愛いなあ」
 リンハルトは愛しさに口元を緩めながらカスパルの頬に口付けを落とす。
 絶頂の直後で敏感になっているのか、少し動いただけでもカスパルはびくびくと体を震わせた。それでも内壁は離すまいというようにきゅうきゅうと陰茎に吸い付いてきて、その刺激がたまらなく心地いい。
「はぁっ……りん、はると……お前、まだ、だろっ……おれもっ、まだ、いけるぜ……」
 カスパルは呼吸を落ち着けながらゆっくりと腰を動かし始める。その動きは決し巧みとは言えなかったが、カスパルが自分を誘おうとしてくれているのだと思うとリンハルトは嬉しくてたまらなかった。
「うん……ごめん、もう少しだけ付き合って」
 リンハルトはカスパルの目尻に浮かんだ涙を舐め取りながら、ゆっくりと腰の動きを再開させる。
 絶頂の直後のカスパルがどれだけ過敏かは知っているし、相手の体調より自分の快感を優先するのはリンハルトの好むところではない。だが、今夜は無性にカスパルの体を貪りたいという欲求に抗えなかった。
「あぅ……っ! あ、あぁっ……」
 カスパルは抽挿に合わせて健気に腰を揺らしながら甘い声を上げ続ける。切なげに眉を寄せた表情がたまらなく愛らしくて、リンハルトはカスパルの体をぎゅっと抱き寄せて揺さぶり続けた。
「ふっ……はぁっ……ごめん、中に出してもいいかな?」
「ん……いい、からっ……!」
 リンハルトはカスパルの返事を合図に律動を速め、最奥に先端を押しつけたままぐりぐりと腰を回した。カスパルはリンハルトの首にしがみつき、びくびくと体を震わせながら身悶える。
「はっ、ぁ……っ」
「ひぁ……ッ!」
 リンハルトの絶頂と共に、びゅく、どぷ、と熱いものがカスパルの体内に注がれていく。
 体内が満たされていく感覚にカスパルは背筋を震わせ、陶酔したようにうっとりと目を細めた。その表情ひとつで、リンハルトは体の芯が蕩けてしまいそうなほどの酩酊感に包まれる。
「はー……っ、はぁ……」
 やがてすべてを出し切ると、リンハルトはゆっくりと陰茎を引き抜いた。それからカスパルの体を優しく寝台に寝かせ、汗で額に張り付いた前髪をかき上げて啄むような口付けを落とす。
「……大丈夫?」
「ん……」
「よかった」
 リンハルトはほっと安堵の息を漏らし、胸の奥底に燻る熱を抑え込むように深呼吸を繰り返した。
 ふと棚の上に視線をやると、あの商人に貰った香炉が視界に入る。既に香炭の火は消えてしまっていたが、室内にはまだ僅かに甘い香りが残っていた。
「あの香炉……望んだ夢を見せてくれるって言うのは嘘じゃないのかもね」
「……んだよ、夢だと思ってんのか?」
 不本意そうに唇を尖らせるカスパルに、リンハルトは苦笑して首を横に振る。
「『夢』って言うのは比喩だったんだろうなって。この香炭、たぶん催淫作用があるんじゃないかな」
 さすがにこれが夢でないことには行為の途中から気がついていたが、夢であるかもしれないことを免罪符にして行為に没頭できたというのも事実だった。性的な行為に関しては奥手なカスパルが積極的に求めてくれたのも、きっとこれが原因なのだろう。
「あの商人、察しがいいのかもね。僕たちがこういう仲だって気付いていてあれをくれたのかな」
 リンハルトは汗で湿ったカスパルの髪を梳きながら口元に笑みを浮かべる。
 男性の二人組に渡す謝礼としてはいささか不適切に思えるあの香炉も、そうなのだと思えば納得がいく。他者に自分たちの関係を誇示したいという欲求があるわけではないが、そう判断されたのだと思うと悪い気はしなかった。
「……なんか嬉しそうだな、お前」
「ふふ、そうかな?」
 カスパルは解せない面持ちでリンハルトを見遣ったが、すぐに興味をなくしたように欠伸をする。
「ふあ……さすがに疲れちまった。もう寝ようぜ」
「うん、そうだね」
 リンハルトはカスパルの隣に寝転んで毛布を被り直した。欠伸をするカスパルを抱き寄せ、もう一度額に口付けを落とす。
「おやすみ」
「……おう」
 カスパルは少し照れたように視線を逸らしてからリンハルトの胸元に顔を埋める。
 やがて聞こえてきた穏やかな寝息にリンハルトは小さく微笑むと、カスパルの体をしっかりと抱き寄せて目を閉じた。

 翌朝――リンハルトが目を覚ます頃にはカスパルは朝の鍛錬を終えており、既に身支度を整えて朝食を摂っていた。
 カスパルはどこかから調達してきたらしい軽食を頬張りながら、リンハルトに向かって「お前も早く食えよ」と急かすように言う。
「昨晩は疲れたって言ってた割には元気だね」
 リンハルトは苦笑混じりのため息を吐き出すと、観念したように寝台から抜け出した。カスパルの隣に腰を下ろし、律儀に二人ぶん用意されていた朝食を頬張る。
「いつも寝て起きると不思議と疲れが抜けてるんだよな」
「そりゃそうだろうね。君が寝ているあいだに僕が治癒魔法をかけてるんだから」
「えっ!? お前そんなことしてたのか?」
 カスパルは驚きに目を丸く見開いてリンハルトの顔を覗き込んだ。その反応が面白くて、リンハルトはくすくすと笑って首を横に振る。
「冗談だよ。そんな面倒なことするわけないじゃないか」
「なんだよ、一瞬信じちまっただろ」
「ごめんごめん。……まあ、半分くらいは本当なんだけど」
 リンハルトは悪びれた様子もなく答えると、空になった食器を机の上に置いた。そのまま席を立つとカスパルの髪をくしゃりと撫で、耳元に顔を寄せて囁くように言う。
「夜に君が疲れてしまうのは僕のせいでもあるからね。せめてもの罪滅ぼしだよ」
「そっ……ま、まあ、ありがとな」
 カスパルは照れ隠しのようにそう返したのちに、食器を卓上に置いて勢い良く立ち上がった。
「よし! 飯も食ったし鍛錬でもするか!」
「……まだやるの? 朝やってきたばかりなんじゃない?」
「何言ってんだ。朝の走り込みなんてただの準備運動だろ!」
 カスパルは元気よく言い放つと、軽やかな足取りで部屋を飛び出していく。
 リンハルトは苦笑を浮かべながらその背中を見送り、再び眠りにつくべく寝台に転がった。
 情事を終えた朝は寝台の中で睦言を語らい合いたいという気持ちがないわけではないが、色気のひとつもなく走り回る恋人の姿も嫌いではない。
 リンハルトは窓から射し込む陽射しの温かさを感じながら、微睡みの中で小さく微笑んだ。

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