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 これは双頭の張り型の呪いですね


 野盗との戦闘から帰還して沐浴をしていたリンハルトは、鼠径部のあたりに見覚えのない痣があることに気がついた。
 戦闘のあとは早く眠りたいという気持ちもあるが、それ以上に血を洗い流したいという気持ちが大きくて、帰還したあとはすぐ浴場に向かう。そのおかげで早々に体の異常に気がつくことができた。
 紋様のような形状をしたその痣がなんらかの呪いであることはすぐにわかった。これはひとまずベレトに報告したほうがいいだろう。リンハルトはそう判断して、疲労した体を引き摺ってベレトの私室へと向かった。
 ベレトの部屋に辿り着いたところでちょうどカスパルと出くわした。
 カスパルがここにいる理由は本人に聞かなくてもわかった。あのよく響く大きな声で、「腹に変な痣がある、呪いかなんかじゃねえのか。どうしたらいい?」と騒いでいたからだ。
 魔法や呪いの類であれば、自分よりヒューベルトに聞いた方がいいかもしれない。ベレトがそんな提案をしたあたりで、二階の自室にいたヒューベルトがカスパルの声を聞きつけて「騒がしいですよ」と苦情を言いにきた。
 それが、先ほどまでの話だ。
「これは……双頭の張り型の呪いですね」
「双頭の張り型の呪い?」
 ヒューベルトの口から飛び出した突拍子もない言葉に、リンハルトとカスパルは思わず顔を見合わせる。
「名前の通り、呪いを受けた者同士が双頭の張り型で性行為をしなければ解呪されない呪いです」
「なにがなんだって?」
 あまりにも意味のわからない説明にカスパルが素っ頓狂な声を上げた。
 いや、言葉の意味自体はわかる。カスパルは言葉の意味自体もわかっていない可能性があるが――リンハルトがわからないのは、これによって術者になんの利益が生じるのかという点だ。
「誰かがこの呪いを受けると、かけられた者と親しい相手にも同時に呪いがかかる類の呪術ですね。順当に考えて、先ほど実習で討伐した賊たちの中に術者がいたのでしょう。……なんの利益が、という顔をしていますね。相手は賊なのですから、人身売買用の奴隷に呪いをかけて見世物にでもしていたのでしょう」
「なるほどねえ……」
 リンハルトの疑問を見透かしたようにヒューベルトが解説を加える。
 あまりに馬鹿げた呪いではあるが、あいにくヒューベルトはそういった冗談を言う性格ではない。おそらく彼の発言は真実なのだろう。
「えーと……とにかく、呪いってんならそれをかけた奴がいるってことだよな。なら、そいつをぶっ倒せば済む話なんじゃねえのか?」
 珍しく的を得た意見を口にするカスパルにヒューベルトは小さく首を振る。
「残念ながらそれはわかりません。呪いによっては、術者が死亡した後に強力になるものもありますから」
 ヒューベルトは淡々とカスパルの問いに答えた。
「解呪の方法はわかったけどさ、これ、解呪しなかったらどうなるの? いまのところ痣があること以外に体や精神に異常は出ていないけれど」
 呪いというのは得てして被害者に不利益な状態をもたらすものだが、いまのところリンハルトやカスパルの体に目立った異常はない。性行為をさせることが目的の呪いなのであれば、異様に性欲が湧いてしまうなどの変化がありそうなものだが。
「この手の呪いの場合、解呪するまでずっと発情し続けるはずですが……発見が早かったおかげで呪いの効果がまだ弱いのかもしれませんね。強力な呪いになると、異性だけでなく同性にまで影響をおよぼすと言いますし」
「うわぁ……嫌だなぁ」
 リンハルトはげんなりとした表情を浮かべる。
「まあ、いずれにせよこのまま放置しておくことはできません。発情した者が軍にいては迷惑極まりないですからね。呪いが強力になる前になんとかしていただきたいものです」
「なんとか……って、僕とカスパルで交合しろってこと?」
「そうなりますね」
 ヒューベルトはさらりとそう言ってのけた。
 親しい相手と同時に呪いがかかるという仕組み自体は不幸中の幸いだったのかもしれない。顔も知らないような他人が相手では、解呪の前に「双方に呪いがかかっている」という状況に気がつけない可能性も高いだろう。
 ただ、相手がカスパルなのが問題だ。
 リンハルトとカスパルの性格的に、解呪のために性行為をしたからと言ってその後の関係性に不利益な影響をもたらす可能性は低い。だが、カスパルとの性行為は間違いなくめんどうだ。リンハルトには容易にその想像がついた。
「双頭の張り型であればアビスの商人から買えるでしょう。呪いの影響でいつ狂化などの症状が現れるかわかりませんから、急いで解呪してください」
「ああ、うん……そうだねえ」
 そう言われてもあまり乗り気になれず、リンハルトは曖昧に返事をする。
 カスパルを見ると、彼もまた難しい顔をして黙り込んでいた。リンハルトとカスパルとは長い付き合いだが、二人で性行為をするなどと考えたことは彼とてなかっただろう。
「とにかく、なるべく早めでお願いしますよ。他の者たちに危害が及んでは困りますからね」
「わかってるよ……」
 渋々といった様子で返事をするリンハルトとカスパルを置いて、ヒューベルトは去っていった。
 残されたベレトに「がんばれよ」と言わんばかりに無言で親指を立てられたが、さすがのカスパルもいつものように「おう、任せとけ!」とは言えないようだった。

 ひとまず双頭の張り型とやらを購入することにしたリンハルトとカスパルはアビスへと向かっていた。
「ところで、双頭の張り型ってなんなんだ?」
「……そんなことだろうと思ったよ」
 道中カスパルから投げられた質問にリンハルトは嘆息する。
 カスパルのことだ。「二人で性行為をしなければ解呪できない」ということまでは理解していたのかもしれないが、双頭の張り型が何かまではわかっていなかったのだろう。
 リンハルトも実物は見たことはないが、名称からして双頭の張り型がどういったものかは推察できる。張り型というのは男性器を模した性玩具であり、「双頭」ということは亀頭にあたる部分がふたつあるということだ。
 つまり、それをリンハルトとカスパルの穴――男性の穴となると肛門しかない――に使用して性行為をしなければならないということだが、それをカスパルに説明するのは正直めんどうだった。
 それ自体を口にすることを恥じらうようなリンハルトではないが、カスパルのことなので話を聞きながら「尻の穴に!?」などと大声を出して注目を集めてしまう可能性がある。
 そうなれば周囲にいるアビスの人々に「男性同士の恋人である二人が夜の営みで揉めている」という誤解を受けかねない。あながち的外れでもないのだが、その状況はリンハルトの望むところではなかった。
「口で説明するより実物を見た方が早いよ」
 リンハルトはそれだけ言うとアビスの奥地にある怪しげな店へと向かう。
 店内に入ると店主らしき男が揉み手をしながら二人を出迎えた。この手の店の暗黙の了解なのか、男性二人で訪れてもそれに言及されることはなかった。
「なあ、リンハルト、張り型って……その、あれだよなあ」
 店内に並ぶ張り型を目にしたカスパルはもごもごと言葉を濁している。「これを使って性行為をしろ」と言われた以上、さすがに鈍いカスパルでもその形状から用途を察することができたらしい。
 リンハルトはカスパルを適当にかわして張り型をひとつ取り、ついでにそれ用の香油も購入しておいた。気を利かせた店主が「いい宿がありますよ」と連れ込み宿を紹介してくれたが、アビスの宿となると衛生面が不安なので断った。
 それからリンハルトの部屋に集まり、この呪いをどうするか話し合うこととなった。
「とりあえずこれを挿れればいいんだろ? あんま気は乗らねえけど、やるしかないならとっととやっちまおうぜ」
「そんな簡単なものじゃないよ……」
 カスパルの楽観的な発言にリンハルトは頭を抱える。カスパルは性行為の難解さも危険性も理解していないのだ。
「肛門性交は男女間での交合より手間がかかるし危険なんだよ。そもそもそのための器官ではないからね。まず、行為を始める前に浣腸をする必要があるだろう。それによって細菌感染を防止できるほか、肛門括約筋が弛緩して挿入が容易に……」
「なに言ってんのかわからねえ」
 これである。
 カスパルの性経験の有無など把握していないが、未経験だと考えてほぼ間違いないだろう。
 カスパルに性行為の主導権を握らせてはだめだ。絶対に前戯など知らないだろうし、流血沙汰になる。それだけはどうしても避けたい。想像しただけで寒気がしてきた。
 リンハルトはため息をつきながら手にした張り型を眺める。
 太さは成人男性の指三本分くらいだろうか。先端の部分が雁のように膨らんでいて、竿の部分にも無数の小さな突起がついている。こんなものが自分の中に入ってくると考えると背筋が凍った。
 これを双方の肛門に挿入するということは、どちらか片方に挿入したあと、もう片方に性器を挿入するようにして共有する、あるいはもう片方がそこに跨る形で挿入するということになるだろう。
 例えば、自分がカスパルの肛門を解してこれを挿入し、そこから更に自分の肛門に……。
 そこまで想像してリンハルトは気がついた。これではカスパルに性行為の主導権を渡しかねないと。
 カスパルに挿入したのちに自分がカスパルに跨るとしても、あのカスパルがこちらが落ち着くまで待てるだろうか? 焦れたカスパルが動き始めてしまっては肛門が裂けかねない。絶対に嫌だ。
 となれば、先に自分の肛門に挿入し、それからカスパルに張り型を挿入する形で共有するのが最善ということになる。カスパルに跨らせる形では強引に挿入して怪我をしかねない。
 ――これを、自分で自分の肛門に……?
 自分で考え出した結論がにわかには受け入れがたく、リンハルトは手の中の張り型の感触を確かめるように握り直した。
 しかも、だ。
 現実的に考えて、自室でこれを挿入したのちにカスパルと合流するのでは効率が悪い。こんなものを股間からぶら下げていては下着も穿けないため、下半身裸で移動することになる。
 では、カスパルを彼の自室に待機させて、張り型を挿入したのちにこちらの自室に呼ぶのはどうだろうか。
 ……いや、だめだ。挿入したあとは下着を着用できないため、カスパルが自室の扉を開くときに他人の目に触れてしまう可能性がある。互いに兵舎で寝泊まりをしている以上、自室の前の通路はそれなりに人通りが多いのだ。そもそも、部屋が離れているのにどうやってそれを報せるのか。
 つまり、カスパルを自分の横に待機させたうえで挿入するのがもっとも効率がいいということになる。
 ――カスパルがいるところでこれを自分で自分の肛門に……??
 リンハルトはまたしても自分の出した結論が受け入れられなかった。なにが悲しくて幼なじみの前で肛門をもちいた自慰をしなくてはならないのか。もうめんどうで眠くなってきた。
 しかし、それが最善の策なのだからそうせざるを得ない。
「……はあ。カスパル、とりあえず浣腸でお腹の中を掃除してから沐浴をしてきてよ。僕も済ませておくから」
「オレ、浣腸なんかしたことねえんだけど」
「まあ、そうだろうね」
 予想の範疇の返事にリンハルトは特に驚きもせずつぶやく。これに関してはカスパルでなくとも未経験の者がほとんどだろう。
「注入するところまでは僕が手伝ってあげるから、そのあとのことは一人でやるんだよ」
「手伝うっ……て」
「カスパルのお尻に薬を入れてあげるってこと。ほら、服を脱いでお尻をこっちに向けて」
「え……いや、それはちょっと……」
 あまり羞恥心とは縁のないカスパルもこれには抵抗があるようで、珍しく歯切れの悪い返答をする。
「早くしてくれないかな。このままじゃいつまでたっても終わらないんだけど。とっととやっちゃうんじゃなかったの?」
「そ、そりゃそうだけどよ……」
 それでもなかなか動こうとしないカスパルに業を煮やしたリンハルトは、カスパルの手を引いて寝台へと押し倒した。そして、カスパルに馬乗りになって革帯に手をかける。
「おい! ちょ、待てって!」
 慌てるカスパルを無視して革帯を外し、下衣の前を寛げて下穿きをずり下ろす。そのまま尻を掴んで左右に広げると、カスパルは観念したらしく耳まで真っ赤にしながら目を閉じた。
「じゃ、入れるからね」
 カスパルが無言で首肯するのを確認してから、リンハルトはカスパルの後孔に浣腸器を押し当てる。緊張しているせいか、カスパルのそこは固く閉じていた。
 ゆっくりと力を込めて先端をめり込ませた瞬間、カスパルが小さく息を呑んだ。そのまま一気に中身の薬液を流し込むと、カスパルはぎゅっと眉根を寄せて身を強張らせる。
「……これでよし。薬が浸透するまで待つ必要があるから、しばらく経ってから排泄するんだよ」
「う……うー……」
 カスパルは羞恥心からなのか浣腸による不快感からなのか、敷き布を握ったまま唸っていた。
 リンハルトはカスパルの衣服を直してやってから軽く背中を押して厠へと送り出す。少し不安ではあるが、何だかんだでカスパルは要領がいいので今回も自力でなんとかするだろう。

 腸内洗浄を終えて浴室へと移動したリンハルトは、湯を浴びながらこれからのことについて考えていた。
 カスパルに前戯の知識や経験があるとは思えないので、リンハルトはあらかじめ自分でそこを解しておく必要がある。自分の排泄器官など弄りたくはないが、カスパルに任せるよりは遥かにましだ。
 リンハルトは椅子に腰をかけておそるおそる自分の肛門に触れる。
 女性との性行為は多少なりとも経験していたが、自分のそこに触れるなど初めてのことだった。ましてや、他人に触れられたことなどあるはずもない。
「んっ……」
 意を決して、石鹸で濡らした指先で窄まりの周りを撫でていく。指先に力を入れると、第一関節くらいまではすんなり呑み込んだ。痛みは感じないが、異物感がひどい。
「ふぅ……く……ッ」
 一度深呼吸をして力を抜くように努め、ふたたびそこに触れてみる。今度はもう少し深く入っていった。
 とても気持ちいいとは思えないが、想像していたほどの痛みもない。続けて何度か抜き差しを繰り返しているうちに、次第に奥の方へ指先が沈んでいくようになった。
「う……はぁ……」
 中指をすべて入れ終えたリンハルトはいったん動きを止めて一息をつく。少し休もうと思ったものの、ついカスパルのことを考えてしまい体が熱を帯びてきた。
 幼なじみをそういう目で見ているつもりはなかったが、いざ性行為をするとなるとやはり意識してしまうらしく、どうしてもあの水色の髪が脳裏によぎってしまう。あるいは、いままでそれを故意に意識しないようにしていたのだろうか。
 人差し指を添えてもう一度挿入を試みる。二本目を入れるときはやはり最初より苦しかったが、なんとかすべて収めることができた。それを中で広げたり折り曲げたりするうちに、徐々にではあるが確実にリンハルトの体は肛門での快楽を感じ始めていた。
「あ……は、あ……カスパル……っ」
 無意識のうちにカスパルの名を呼び、右手の指を肛門に抜き挿ししながら左手で自分の性器を扱いた。三本の指を出し入れしながら親指で会陰部を押すようにして刺激すると、頭の芯が痺れるような快感が走る。
「ああ……あっ、カス……パル……っ」
 いつの間にか陰茎からは白濁とした液体が流れ出ており、湯とは違う粘り気のある水音が浴槽内に響いていた。
「くっ……」
 絶頂に達しそうになった瞬間、我に返ったリンハルトは慌てて後孔から指を引き抜いた。つい夢中になってしまったが、本来の目的は自慰ではないのだ。
「はぁっ……はぁ……はぁ……っ」
 荒い息を整えながら立ち上がり、壁に手をついて脱衣所へと向かう。どうせすぐ脱ぐのだからと薄い前開きの服だけを纏い、火照った体を宥めながら寝室に戻った。

 寝室に戻るとすでにカスパルが待機しており、寝台の上で胡座をかいていた。
「待たせたね。じゃ、始めようか」
「お、おう」
 平静を装って声をかけたつもりだったが、息が上がっているのはばれたかもしれない。カスパルはそわそわと視線を泳がせていたが、やがて何かを決意したように表情を硬くした。
「なあ、オレはどうすりゃいいんだ?」
「そうだね……まずは服を脱いで。それから僕の横にきてくれる?」
 寝台の縁に腰を掛けて服を脱ぎながらカスパルに指示を出す。
 カスパルは素直に従って横まできたので、その腕を引っ張って寝台に押し倒した。そして、そのままカスパルに覆い被さって唇を合わせる。
「んむっ!?」
 性急な行為に驚いているカスパルの口の中に舌を差し込み、歯列をなぞってから上顎を舐める。半ば強引とも言えるやり方を取ったのは、性行為の主導権を握るためだった。
「ん……っ、んん……」
 カスパルは一瞬抵抗しようとしたもののすぐに大人しくなった。
 口の奥で縮こまっていたカスパルの舌を吸いながら、リンハルトは片手でカスパルの胸元に触れる。逞しく張り上がった胸筋の上に掌を滑らせ、まだ柔らかい突起を摘んで転がすと、カスパルの体がぴくりと震えた。
「ふ……ぅ……っ、ま、待てっ……」
「なに?」
 ようやく口を離したリンハルトは、カスパルの制止を無視して首筋に顔を埋めた。耳の裏から鎖骨にかけて舌先で辿り、首の付け根を強く吸う。
 ぴくんぴくんと小刻みに震えるカスパルはまるで小動物のようで、普段では見られないその姿にリンハルトはだんだん愉快になってきた。
「こういうの、いらねえだろ? 恋人同士ってわけじゃねえんだし……とっとと挿れちまえばいじゃねえか」
「そうかな? 僕はやるからには気持ちいいほうがいいと思うけど」
 急かすカスパルを無視して胸の飾りを弄び続けると、だんだんそこは固く尖ってきた。カスパルの顔を窺えば、目尻に涙を浮かべて必死で羞恥に耐えている。
 カスパルは十中八九童貞だろう。初めての性行為を事故のような形で済ませることになったうえに、肛門に張り型を挿入するという特殊な嗜好になったのはさすがに可哀想だ。
 だからまあ、せめて気持ちよくしてあげようという情けのようなものだった。もちろん、リンハルト自身が痛いのより気持ちいいほうが好きというのもあるが。
「ここ、感じるの?」
「知らねぇよ!」
 カスパルは怒ったように吐き捨てたが、リンハルトの手を振り払うことはしなかった。それどころか、さらに強く押し潰したり軽く爪を立てたりするたびに、小刻みに身を震わせながら甘い声を漏らしている。
 これはつまり照れ隠しというやつで、本気で嫌がっているわけでないのだろう。そもそも純粋な腕力ではカスパルのほうが強いのだから、本気を出せばリンハルトくらいは簡単に突き飛ばせるはずだ。
 そう判断したリンハルトはさらに大胆に攻めていく。
「カスパルも気持ちよくなりたいよね。ほら、こうされると気持ちいいでしょ」
「あ……っ、あ、ああっ……」
 両方の乳首を同時にぐりぐりと捻ると、カスパルの口から一際大きな喘ぎが漏れ出た。
 これは予想していたより可愛いかもしれない。嗜虐心がくすぐられると同時に愛しさのようなものが湧いてきて、リンハルトの中でもっと苛めてやりたいという思いが強くなってきた。
「カスパル、可愛い」
「あのなあっ! いちいちそういうこと言わなくていいんだよ!」
 リンハルトが思わず呟いた言葉にカスパルが怒声を上げる。だが、真っ赤になった頬と潤んだ瞳では迫力などあるはずもない。
 性的な知識に乏しいカスパルのことだ。もしかしたら自分が何をされているのかすらわからないのではないかと危惧していたが、どうやらそこまで無知ではなかったようだ。
 リンハルトはカスパルの下衣に手をかけて下穿きごと一気に脱がせた。緩く勃起した性器が露になり、カスパルは咄嵯にそれを隠そうとする。リンハルトはそれより早く両手を押さえつけて寝台に押し付けた。
「おい……っ」
「大丈夫だよ。僕に任せてくれれば悪いようにはしないから」
 不安げに見上げてくるカスパルを安心させるべく、リンハルトは優しく微笑みかけた。それからふたたび胸に顔を寄せ、今度は舌先を使って片方の突起を刺激する。
「あっ、あ、あ……っ」
 もう片方を指で摘んで擦るようにして刺激を与えると、カスパルの腰が浮いて揺れ始めた。
「くぅ……っ、あ、ああっ……」
「カスパル、感じてるね」
「う……うるせえ」
 カスパルは悔しそうな表情をしていたが、その声音は明らかに快楽を滲ませていた。
「こっちも勃ってきてる」
「ひぁっ」
 手を股間に滑らせてカスパルの陰茎に触れてみれば、そこはもう完全に天を仰いでいた。先端からは透明な液が溢れ出し、竿を伝って淡い茂みを濡らしている。
「一度出しておこうか」
「あ……ちょ……待て……って……んあああッ!」
 カスパルの竿を握って上下に扱き、親指を鈴口に捩じ込んでぐりぐりと刺激する。雁首をなぞって裏筋を撫で上げると、カスパルは呆気なく達してしまった。
 リンハルトの掌に吐き出された精液は尿のように濃い色をしており、カスパルがあまり自慰をしていないことを物語っている。
「カスパル、ちゃんと自分で抜いてないでしょ。前にやり方を教えてあげたよね」
 第二次性徴期を迎えるのが早かったリンハルトは、数年遅れて精通を迎えたカスパルに自慰の仕方を教えてやったことがあった。
 本来ならそれは彼の父や兄の役割なのだろうが、父親はカスパルに武芸以外のことを仕込むつもりはないようだし、兄とはそこまで仲がいいわけではないようだったから。
「お前に教えてもらった通りにやってたけど、なんか物足りなくてよ。それに、鍛練してればむらむら消えるし……」
 カスパルはばつが悪そうに視線を逸らしながら答えた。最初に他人の手で愛撫をされてしまったために、自分の拙い手淫では満足できなくなってしまったということらしい。
「それに……なんか、触ってるとリンハルトのこと思い出して変な気分になるしよ」
「……本当に君はそういうことをさらっと言うよね」
「なんだ? 駄目なのか?」
「いいんだけどさ」
 これで無自覚なのだから恐ろしい。
 リンハルトはカスパルの足を大きく開かせてその間に陣取った。
 枕元に置いてあった香油の瓶を手に取って蓋を開け、中に入っている液体を指で掬ってカスパルの後孔に塗りつける。その冷たさと粘膜に触れられる違和感に、カスパルの体がふたたび強ばるのがわかった。
「ま、待てっ、そこは……」
「やっぱりちゃんと慣らしてないみたいだね。いまからここに張り型を挿入するんだから、しっかり解しておかないとカスパルが痛い思いをするんだよ」
 入口の膨らみを指の腹で揉むようにして解しながなら、少しずつ穴の奥へと進めていく。カスパルは所在なさげに視線を彷徨わせているが、痛みを訴える様子はなかった。
「も、もう痛くてもなんでもいいからよ、とっとと終わらせちまおうぜ」
「そんなわけにはいかないよ。僕は痛いのは嫌いなんだ、それが自分でも他人でも」
 潤滑剤を継ぎ足しながら丹念に内壁を押し広げ、解れたところで指を入れ増やしていく。そうしているうちに、徐々にではあるがカスパルのそこは柔らかくなってきたようだった。
「そろそろいいか……」
 リンハルトはカスパルの後孔から指を引き抜いて例の張り型を手に取る。硬く冷たいそれを肛門に挿入するのだと思うと嫌でも緊張してしまうが、いまさら行為をやめる気も起きなかった。
「……やっぱ無理じゃねえかそれ?」
 いざその段階になると急に怖気付いたのか、カスパルは寝台に手をついてじりじりと後ずさっている。
「まあ、僕に入れば君にも入るでしょ」
 先ほどまで多少はいい雰囲気だったというのに、張り型のおかげで一気にカスパルのやる気が萎えてしまったようだ。
 いっそのことあのまま普通に性行為におよんでいたほうがお互いに楽しめたのかもしれないが、それでは本末転倒である。
 リンハルトは寝台に尻をついて片手で尻たぶを開くと、覚悟を決めてゆっくりと張り型を押し込んでいった。
「んっ……」
 潤滑油で濡らしてあるとはいえ、やはり容易には入らない。先端を少し潜り込ませてみても括約筋のせいですぐに出てきてしまうため、ある程度は一気に押し込む必要がありそうだ。
 横で座っているカスパルに視線をやると、興味深そうにこちらの股間を見つめていた。張り型の先端を少し飲み込んでは吐き出して開閉するそこに、怯えと好奇心の混ざった視線を向けてくる。
 気持ちはわかるがさすがにこれは恥ずかしい。素っ裸で大股を開いて肛門に異物を挿入しようとしているところを幼なじみに凝視されて興奮するほど玄人ではないのだ。
「……あんまりじろじろ見ないでほしいんだけど」
「あ、ああ、悪い」
 カスパルは目を逸らすものの、明らかに落ち着かない様子だった。まあカスパルがこういう状況で落ち着いていたほうが驚くが。
 リンハルトは気を取り直して張り型を握り直すと、もう一度それを自らの体内に埋めていった。
 先端部はなんとか収まったものの、奥へ押し込むにつれ異物感が増してくる。それでもなんとか一番太い部分を飲み込ませれば、あとは比較的楽だった。
 少しだけ呼吸を整えてから、一気に張り型を押し進める。すると、張り出した雁首部分が体内にある膨らみを引っ掻いた。
「……っ!?」
 一瞬、頭が真っ白になった。
 目の前がちらつくような快感が全身を走り抜ける。
 慌てて張り型を引き抜くと、先端部分に絡みついた腸液が肛門とのあいだで糸を引いていた。灯火器の灯りを反射して光るその張り型をリンハルトは呆然としながら眺める。
 この張り型の竿部分には無数の突起がついている。おそらくこの突起が、腸壁越しに前立腺を刺激したのだろう。そういう器官があること自体は知識として知っていた。
「リンハルト?」
 リンハルトの様子を訝しんだカスパルが声をかけてくる。
「大丈夫か? やっぱ痛えのか?」
「いや、大丈夫だよ……」
 リンハルトは張り型の先端をじっと見下ろす。
 正直、気持ちよかったのだ。性器を擦って得られる快楽とはまた別の、もっと大きな波のようなものがあった。もう一度あの感覚を味わいたいと、身体が疼いているのを感じる。
「……早く終わらせてしまおうか」


 リンハルトは張り型を握り直し、ふたたびそれを埋めていく。先程の場所を擦らないようにしながら、とにかく根本まで入れてしまうことだけを意識して張り型を押し込む。
「……っ……ふ……」
 息を吐きながら慎重に挿入していくものの、途中で動きを止めざるを得ない状況に陥った。限界まで広がった穴の縁が引き攣れて痛いのだ。このままでは裂けてしまいそうな気がする。
 リンハルトはどうすべきか数秒ほど考えたのちに張り型を半ばほどまで引き抜き、雁首を入口付近に押し当てたまま小刻みに抜き差ししてみた。
 これで弛緩してくれればいいのだが――そんなリンハルトの期待を裏切るように、新たな問題が発生した。
 まずい。気持ちがいい。張り型を抜くときに排泄感に似た快感が湧いてくるのだ。
 リンハルトは焦った。これは非常によくない。最終的には気持ちよくなる予定ではあるものの、いま一人で盛り上がるのは手順として間違っている気がする。
 リンハルトは抜き差しする手を止めて、ふたたび張り型を奥へと押し込む。幸いなことにリンハルトの思惑通りにそこは弛緩してくれたらしく、今度は引き攣るような痛みもなく根本まで収まった。
「……っ、はあ……」
 リンハルトは呼吸を落ち着かせるために息をつく。
 カスパルに向き直ると、背中を丸めて蹲っている。勃起した性器が痛むのだろう。同性の痴態では興奮しないとか、あるいは挿入の痛みを想像して萎えただとか、そういった心配は必要ないようだ。
「なんだ、やる気出たんだ」
 それは嫌味でも皮肉でもなく率直な感想だったのだが、カスパルには違う意味に聞こえたのかもしれない。
「いや、その……なんかエロいから……」
 カスパルはばつが悪そうに言い訳をする。いや、これはいい訳ではなく本音か。こちらは柄にもなく必死だったというのに、カスパルはそんなリンハルトの姿を見て興奮していたらしい。
「ほら、カスパル。次は君の番だよ」
 肩を軽く押して仰向けになるように促すと、カスパルは大人しくそれに従った。膝を掴んで脚を開かせ、そのあいだに体を割り込ませて閉じられないように固定する。
 カスパルは緊張しているようだったが、これから起こることに期待を抱いているようにも見えた。先ほどリンハルトがうっかり気持ちよくなっていたことをカスパルも察しているのかもしれない。
 一度慣らしたそこに更に香油を継ぎ足し、指の腹で入口をやわやわと解してから指先を挿入する。穴の縁に指をひっかけて軽く曲げると、充血した窄まりが開いて赤い肉を覗かせた。
「あんまりじろじろ見るなよ」
「それ、僕もさっき言ったけど君は見てたよね?」
「それは……悪かったよ」
 立ち上がった性器を軽く撫でながら詰め寄れば、カスパルは素直に謝罪した。
「じゃあ、挿れるよ」
 リンハルトは張り型を片手で握って先端をカスパルの後孔に押し当てる。しかし、これでは角度的に挿入が困難であることに気が付きいったん離れた。それからカスパルの脚を掴んで持ち上げ、膝が肩につくくらいに曲げさせる。
「カスパル、この体勢苦しい?」
「いや、大丈夫だ」
 格闘家は怪我を防ぐために体を柔軟に保っているという。カスパルも例外ではなく、この程度の体勢であれば苦痛は感じないようだ。
「う、んっ……」
 先端を押し込むとカスパルは苦しげに顔を歪めた。
「カスパル、力抜いて。ゆっくり息を吐くんだよ」
「やってる、つもりだけど……」
 カスパルの呼吸に合わせてリンハルトは少しずつ挿入を試みる。張り出した雁首部分が括約筋を通過する際にカスパルがひゅっと息を呑んだのがわかった。
 先端部分は手を添えて押し込んだが、それ以上は自分とカスパルの尻に手が挟まれてしまうため、リンハルトは体重を使って押し込んでゆく。
「くうっ、あっ……! り、リン、待っ……!」
「ふ、うっ……!」
 張り型に体内を拡げられる圧迫感に呻いたのはカスパルだけではなかった。体重をかけると同時に自分の中にある張り型がさらに奥へと押し込まれてしまい、体内の深いところを刺激される感覚にリンハルトは慌てて腰を引く。
「あっ……!」
 しかし、抜けていったのはリンハルトの中にある張り型のほうだった。膨らんだ雁首の部分に内壁が引っかかれて快感が走り、リンハルトは甲高い声を上げてしまう。
 筋肉質なカスパルは肛門括約筋も発達しているのだろう。こちらから張り型を抜こうとすると、抵抗が強いあまりリンハルトの中に挿入しているほうが抜けてしまうのだ。
 挿れるにしろ抜くにしろ自分を攻め立てることになってしまい、すっかりと進退窮まったリンハルトはカスパルの上で膝を震わせた。
「……っ、カスパル、もうちょっと力抜いてくれないかな」
「んなこと言われても……あっ……!」
 抗議するカスパルの性器を握り込みながら、リンハルトは張り型の先端でカスパルの中を探る。奥へ進めるのではなく中を掻き混ぜるようにして動かすと、張り型の表面についた突起が腸壁に擦れたらしく、カスパルが甘い悲鳴を上げた。
「あ、あっ……ん」
 カスパルの体が弛緩したタイミングを見計らい、リンハルトはふたたびゆっくりと腰を沈める。今度は先ほどまでのような強い抵抗はなく、カスパルの体内に張形が埋まってゆく。
「はぁ、は、はいった……」
 ようやく根元まで挿入できたことに安堵してカスパルを見下ろすと、目を閉じて息を整えていた。
 いつになくしおらしい幼なじみが心配になって水色の髪をそっと撫でてやれば、カスパルは薄目を開いてリンハルトを見上げる。
「大丈夫? 痛い?」
「大丈夫、だけどよ……なんか、思ってたのと違うな交合って……」
「まあ、これは特殊な部類だと思うよ」
 妙にしおらしいのは初めての性行為に戸惑っていることに起因するものであり、痛みを我慢しているというわけではなさそうだ。リンハルトはそれに安堵しつつゆっくりと動き始めた。
 体勢的にカスパルを揺さぶるのは難しいため、自分の腰を揺らすようにして張り型を動かす。いきなり抽挿するのではなく、張り型で互いの体内を拡げるように小刻みな動作を繰り返した。
「んっ……」
 慣れない感覚に戸惑っているのはリンハルトも同じだった。先ほどまでは生娘を抱いているような気分だったのに、これでは男の上で腰を振る女のようだ。
「はあ……あぅ……」
 カスパルは眉根を寄せて目を瞑り、リンハルトの動きに合わせて小さく喘いでいる。
「カスパル、気持ちいい?」
「わかんねえ……なんか、変な感じだ」
 リンハルトの痴態を見て立ち上がっていたカスパルの性器は、挿入しているあいだにすっかり萎えてしまっていた。リンハルトはそれを自分の性器と一緒に手で包み、亀頭同士を擦り合わせるようにして刺激してやる。
「あっ……それ、やべえって」
 性器への直接的な愛撫にカスパルの体がびくりと震え、その振動が張り型を通してリンハルトの体内にまで伝わってきた。
「あっ、あっ、リンハルトっ!」
「……カスパルっ、あんまり、揺らさないで、欲しいんだけどっ……」
 先走りのぬめりを借りて性器を激しく扱いてやると、カスパルの腰が断続的に跳ねて張り型がリンハルトの体内を抉ってくる。無数の突起に覆われた張り型が腸壁を擦り、ときおりいいところを掠めてゆく。
 これはまずい、とリンハルトの額に汗が浮かんだ。
 張り型を通して繋がったままであるため、相手に愛撫を施すと連鎖的に自分にも返ってくる。性的に未熟なカスパルをからかって可愛がろうだとか、そういった悠長な心構えは許されないのだと悟った。
「カスパル、ごめん。僕も余裕がないから一気にやらせてもらうよ」
「あ……え?」
 リンハルトは握っていた性器から手を離し、上体を乗り出してカスパルの体をさらに曲げさせる。腰が浮いたことによって後孔が真上を向いたカスパルに乗り上げるようにして、体重をかけて張り型を突き入れた。
「ひっ……!」
 勢いよく最奥まで貫かれたカスパルが悲鳴を上げると同時に、張り型の先端が腹側の一点を押し上げた。これまで経験したことのないような快感が走り抜け、リンハルトは背筋を仰け反らせる。
「うっ、くっ……」
「おいっ、急に動くなって! うぁっ……! ああぁっ!」
 突然激しい抽挿を始めたリンハルトにカスパルが抗議の声を上げた。しかし、体内を穿つ異物に翻弄されているらしく、すぐに言葉らしい言葉を発することはなくなった。
「あっ、あっ、リン、リ、ンハルトぉッ……!」
 多少乱暴にされるほうが好みなのか、腸壁を掻き回すように張り型を動かすとカスパルは切なげな声を上げ始める。
 張り型が二人のあいだで前後するたびに腸液と香油が混ざった液体が溢れ出し、粘ついた水音が室内を満たす。
「あっ、んんっ、ああっ……!」
「あっ……リン、ハルト、これっ、すごっ……」
 張り型で前立腺を擦ってやれば、カスパルは顔を上気させて甘い声で鳴き始めた。カスパルの性器は腹につくほど反り返っており、先端からは透明な液体を垂れ流している。
「はぁっ、うっ、そこ、イイッ!」
 カスパルの腰が快感に揺れ、勃起した性器がリンハルトの性器に擦れて刺激が走る。それと同時にリンハルトの中にある張り型が動き、ぐずぐずに蕩けた体内を擦り上げた。
「んぅ……ふっ、んん……」
 気がつけば、リンハルトも夢中で腰を振っていた。
 カスパルと触れ合っている部分が熱くて仕方がない。性器を擦られるたびに、中を穿たれるたびに、頭の中が霞がかったようになって何も考えられなくなっていく。
 目の前ではカスパルが淫らに喘いでいて、普段のけたたましい声からは想像もつかないような甘えた鳴き声を上げている。その声がリンハルトの鼓膜を震わせて、脳髄まで痺れていくようだった。
「はぁっ、あっ、すげぇ、これ、気持ちいいっ! なんか、くるっ、ああっ、あっ!」
「く、うっ……カスパル、カスパルっ……」
 カスパルが一際高い声を上げた直後、二人の下腹部に熱い飛沫が飛び散った。絶頂によってカスパルの体が大きく跳ね、その動きによってリンハルトの体内にある張り型が押し込まれる。
 隆起した突起に前立腺を擦られる暴力的とも言える快感に耐えられず、リンハルトもカスパルの腹に精液を放っていた。

 射精後の倦怠感も相俟って、二人はしばらく折り重なったまま動けなかった。
「んっ……」
 張り型を抜いてしまおうと身じろぎをすると、それがまた内壁を刺激してリンハルトは小さく息を飲む。なんとかそれをやり過ごして自身の中から引き抜けば、カスパルの中にだけ張り型が残る形となった。
 リンハルトは自らの腸液でぬるついた張り型を掴み、カスパルの中から抜こうとする。張り型に食いついて離れようとしないそれを半ば強引にひっぱると、張り型の突起に掻き出されるようにして香油と腸液が溢れてきた。
「んっ……おいっ、リンハルト!?」
「抜くだけだから大人しくしてて」
 なにか誤解したらしいカスパルが慌てて身を起こそうとする。その拍子に後孔の縁から張り型が抜けて、カスパルの体内に残っていた香油が敷き布の上に零れた。
 抜いてしまえば張り型もただの卑猥な形状をした物体でしかなく、こんなものに先程まで二人して翻弄されていたのかと思うと滑稽に思えてくる。
「はあ……なんだか疲れちゃったよ。眠いけど汗まみれのまま寝たくないし……カスパル、浴室まで運んでよ」
 リンハルトはくあ、と猫のような欠伸をしながら汚れたままの敷き布に転がった。
 やたらと疲れるし、水浴びもしなければならないし、寝具も取り替えなければならないなんて、交合というのはなんてめんどうなのだろう。しかも男同士でなんて非生産的すぎる。
 そんな愚痴を零すだけの体力も残っていなかった。
「いいけど、そのまま風呂で寝るんじゃねえだろうな」
「寝たら寝台まで運んでおいて……」
「ったく。わかったよ」
 カスパルはため息混じりに言いながらも、リンハルトを抱きかかえて立ち上がった。カスパルの体温に包まれながら、リンハルトは心地よい疲労感に身を任せる。
 翌朝になると既に呪いは消えていた。
 部屋から出るとカスパルの声がでかすぎるとペトラに苦情を言われ、ドロテアにからかわれベルナデッタに避けられたわけだが、リンハルトもカスパルもあまり気にする性格ではないので本人たち的には特に問題はなかった。

 以心伝心?


 バルタザールが黒鷲遊撃隊に加わってからというもの、カスパルとバルタザールの手合わせはほとんど習慣のようなものになっていた。
 最初は胸を借りるつもりで挑んでいたカスパルだが、いまや彼はバルタザールと互角の勝負を挑むまでの腕になっている。
 それを可能にしているのは、カスパルの機転と工夫が背景にあった。
 バルタザールの間合いで戦おうとすると、体格で劣るカスパルはまず敵わない。腕の長さも、一撃の重さも違うからだ。だからあえて守りに徹して、機を待って反撃に移るのである。
 初めは余裕を見せていたバルタザールも、最近ではカスパルの動きに目を細めていた。
 鋭い一撃を放ってもカスパルにかわされ、一瞬の隙を突いて懐に飛び込まれる。そして、間合いをとろうとすると回り込むようにして背後を取られるのだ。
 もちろん、バルタザールも百戦錬磨の豪傑である。そう簡単に若輩者のカスパルに後れは取らない。すんでのところでカスパルの攻撃をかわし、反撃に転じるのがいつものことだった。
 そういったやりとりを続けているうちに二人は自然と打ち解けてゆき、いまでは手合わせ後の食事も含めてが一連の流れとなっていた。

「ところでお前、あっちのほうはどうなんだ?」
 その日、手合わせを終えたカスパルが木陰で涼んでいると不意にバルタザールが声をかけてきた。
 鎧を脱いで汗を拭っていたカスパルは、バルタザールを見上げて「あっち?」と首をかしげる。
「おいおい、とぼけるなよ。あっちって言ったらこれに決まってるだろ」
 バルタザールは片腕を上げて小指を立ててみせる。
 しかし、カスパルはなんのことだか理解できずきょとんとするばかりだ。
「おいおい、本気かよ……つまりあれだ、女のことだよ」
「……女? ああ、そういうことか」
 ようやく質問の意味を理解したカスパルは軽く嘆息した。
 士官学校や部隊内で恋愛話や猥談が交わされる光景は珍しくなく、カスパルもその手の話題を振られた経験はある。とはいえ、色恋沙汰に疎いカスパルにとってそういった話題は理解し難いものだった。
「オレ、あんまそういうのに興味ねえんだよな」
「はぁ? お前まさか、その歳で一度も女を抱いたことがないとか言うんじゃねえだろうな?」
「そうだけど……別にいいだろ」
 カスパルが答えると、バルタザールは信じられないとばかりに目を見開いた。
「お前なあ……男なら誰でも一度は女を抱きたいと思うもんだろうが。いや、一度どころか何度でもやりたいと思うはずだ」
「そうなのか?」
「そうなのかって……ったく、お前は本当に変わってやがるな」
 バルタザールは呆れた様子で頭を搔く。
 カスパルにとってバルタザールの心境が理解し難いように、バルタザールにとってもカスパルの心境は理解し難いようだった。
「付き合ってる相手とか、気になるやつくらいはいねえのか? 黒鷲遊撃隊には何人も美人がいるじゃねえか」
 なおも食い下がるバルタザールに、カスパルは「いや……」と否定の言葉を口にしかけるが、ふいに幼なじみの姿が脳裏によぎって言葉を止める。
 幼なじみでもあり親友でもあるリンハルトとは、数節ほど前に恋仲と呼べる関係になっていた。
 とはいえ、リンハルトとはまだ抱擁や口付けをする程度の段階であり、多少の肉体的な接触こそする場合はあるものの、バルタザールが期待するような深い交わりはまだ経験していない。
 なおかつ、そういった親密な接触も恋仲になる以前から行っていたものであるため、「性的な交流」に含めていいのかカスパルには判断が付かなかった。
「なんだよ、やっぱりいるんじゃねえか」
 カスパルが言い淀んだのを見てバルタザールはにんまりと笑みを浮かべる。
 その表情に、カスパルは自分の反応が失策だったと気が付き内心で後悔した。
「そうかそうか。で、相手は誰なんだよ? 黒鷲遊撃隊の子か? それとも貴族の娘さんとかか?」
「いや……えっと……」
 口ごもるカスパルをからかうように、バルタザールは「ほらほら言ってみろって」と言い募る。
 しかし、カスパルが照れるでもなく露骨に迷惑がったためか、バルタザールはしばらくするとすんなりと引き下がった。
「……よし。じゃあ、いざというときになって困らないように俺様がいいものをやろう」
「いいもの?」
 カスパルから情報を聞き出すことを諦めたバルタザールは、懐から液体の入った透明な容器を取り出す。
 カスパルは角度を変えながら容器をまじまじと見つめ、自分なりにその中身を推測してみた。
 薬品や油を入れる容器としてはいささか華美な容器だ。調味料か、もしくは酒だろうか。そのどちらかであるとするなら、バルタザールの嗜好を考えると酒である可能性が高い。
「……酒か?」
「違えよ、これはな……」
 カスパルの推測は外れたようだ。
 バルタザールはカスパルの耳元に口を寄せてひそひそと小声で説明を始める。
 いわく、この液体は性行為をする際に局部に塗布し、挿入に伴う摩擦を軽減するためのものらしい。塗布する際にはまず指で掬い、体温で温めてから局部に塗布するのが好ましいそうだ。
「なっ……なんでそんなもん持ち歩いてんだよ!?」
「そりゃあ、いつ必要になるかわからねえからな」
 猥談に顔を赤くするカスパルの反応を楽しみながら、バルタザールはカスパルの手に容器を握らせる。
「ま、そういうことだからよ……お前も早く大人の男になれるように頑張れよな!」
「お、おい、いらねえって!」
 バルタザールは強引にカスパルの手に容器を握らせると、手を振って去っていった。
「ったく……どうすりゃいいんだよ、これ」
 掌に収まる小さな容器を見つめながら、カスパルはため息をつく。
 バルタザールのことは好意的に思っているが、賭け事といい、色恋沙汰といい、戦闘以外の趣味はまるきり合わないのが難点ではあった。

 自身にあてがわれた天幕に帰還したカスパルは、寝台に腰をかけてバルタザールに貰った容器を矯めつ眇めつしていた。
 カスパルがこれを使う機会があるとすれば、リンハルトとそういった状況になったときだろう。
 リンハルトとは入浴を共にしたり、お互いの体に触れ合ったり、性器を扱き合ったりすることはあるものの、挿入を伴う性行為は未知の領域だった。
 カスパルはふと思い出す。
 以前、格闘部隊の部下たちが猥談に花を咲かせていたときのことだ。彼らが言うには、男同士で愛し合う際は肛門を使うらしい。
 肛門の中には男にしかない性感帯が存在しており、一度その快感を味わってしまうともう女性との交合では満足できなくなるだとかなんとか――(それが挿入する側の感想なのか、される側の感想なのかまではカスパルの知るところではない)
 カスパルが近づくと部下たちは気まずそうに去っていったため詳しく聞くことはできなかったが、いまになって聞いておけばよかったかもしれないと後悔の念が湧く。
 カスパルにとって、肛門は排泄器官でしかない。そんなものを使って性交できるのかいささか疑問ではあるが、ほかにめぼしい器官もないのでそうするしかないのだろう。
『カスパル』
 そんなことを考えていると、ふいにリンハルトが自分を呼ぶときの甘い声を思い出してしまい、カスパルは猛烈な羞恥に襲われた。
『かわいいね』 
『気持ちいい?』
『大丈夫だよ』
 連鎖的に、擦り合いをしているときのリンハルトの優しくも艶っぽい声が脳内に蘇り、カスパルは顔が熱くなってゆくのを自覚する。
 カスパルにとって、自身に向けられる『かわいい』という言葉は好ましいものではなかったはずだった。往々において、それはカスパルの身体的・精神的な未熟さを揶揄する意味で使われるものだったからだ。
 それが、リンハルトの口から発せられたものとなると話が別だった。リンハルトに耳元でそれを囁かれると、カスパルはどうしようもない気持ちになってしまい、金魚のようにぱくぱくと口を開閉させることしかできなくなってしまう。
「リンハルト……」
 完全にそのときのリンハルトを意識してしまったカスパルは、枕に顔を押しつけながら自身の性器へと手を伸ばした。下衣の中から取り出したそれをたどたどしい手つきで握り、リンハルトの指使いを真似して手を動かす。
 カスパルの体が大人になり始めた頃、カスパルに自慰を教えてくれたのはリンハルトだった。
 カスパルの父は各地を転戦しているため子供の面倒を見る機会が少なく、また、カスパルの兄はそこまでカスパルと親しい間柄ではなかったからだ。
 カスパルより発育が早かったリンハルトは精通するのもカスパルより早く、数年遅れて精通を迎えた幼なじみに懇切丁寧にそれを解説してくれたのである。
 それのせいなのか、あるいはもともとカスパルがリンハルトを意識していたのか――その後、カスパルが一人で自慰をする際に思い浮かべるのは当時のリンハルトの声や手つきだった。
 幼いカスパルにはそれがいけないことのように思えて、自慰を極力しなくなったという経緯があるのは本人だけの秘め事である。
「……っ、あっ……」
 リンハルトの細くて長い指が自身の性器を扱く感覚を思い出しながら、カスパルは夢中になって手を動かし続けた。カスパルのそれはすぐに硬度を増し、先端から先走りが滲み出す。
 もし、この手が自身の手ではなく、リンハルトの手であったなら――あるいは、口であったなら、どんな感じなのだろう。
 歳の近い少年たちが興味津々に眺めていた卑猥な絵を思い出しながら、カスパルは一瞬だけそんな想像を巡らせる。だが、それではリンハルトの声が聞けなくなることにすぐさま気がついた。
 では、自分がリンハルトの性器を咥えるのであればどうだろう。
 カスパルはこれまでの人生で他人の性器を咥える可能性など考えたことがなかったが、それはいい発想のように思えた。
 あまり見ないようにしていたためにうろ覚えではあるものの、リンハルトの股間に茂った濃緑の下生えや、少し長めの性器の形を思い浮かべながら、カスパルは自分の性器を擦り続ける。
『上手だね』
 カスパルの脳内にいつかのリンハルトの声が木霊した。
 リンハルトの眼差しを受けながら、リンハルトの性器を口いっぱいに頬張る。リンハルトはカスパルの頭を優しく撫で、甘い声をかけ続ける――そんな想像をしながらカスパルは自身の性器を扱き続けた。
 肉刺に覆われてごつごつしたカスパルの掌は、リンハルトの細くて滑らかな手の感触とは程遠い。しかし、それをリンハルトの掌である信じ込むことが、カスパルにとっては最良の手段だった。
 どくん、と下腹部に熱が集まる感覚を覚えた次の瞬間――カスパルは自身の手の中に熱い迸りを放っていた。
 寝台でしばし荒い呼吸を整えたのち、我に返ったカスパルは慌てて飛び起きて室内を確認する。幸いにも衣服や敷布に汚れはついておらず、カスパルは安堵の息をついた。
 数分ほどが経って興奮が落ち着いたとき、傍らの容器のことを思い出したカスパルはそれを手に取った。
 蓋を開けると甘い香りが漂ってきて、好奇心のままに少量を掌に取る。とろりとした液体は思っていたより粘度が高く、灯光を反射して光る様子が妙に蠱惑的だった。
 これを自分の、あるいはリンハルトの後孔に――カスパルにはそれを生々しく想像できるほどの経験はなかったが、その様子を思い浮かべると再び鼓動が早くなるのを感じた。
 リンハルトの体内に自分の一部が挿入され、その肉壁によって包み込まれる。それはどれほどに幸福な体験なのだろう。
 あるいは、リンハルトの指が自身の後孔を開き、悪戯に内部を掻き回しては甘い声で囁いてくる――それを想像すると、カスパルの下肢にぞくぞくとした感覚が走った。
 気がついたときには、カスパルの性器は再び熱を持っていた。
 カスパルは下衣を脱ぎ、下着も脱ぎ去って全裸になる。そして寝台の上でうつ伏せになり、膝を立てて腰を持ち上げた。
「んっ……」
 意を決して自身の臀部に手を伸ばし、潤滑油をまとわせた指先を秘所にあてがう。おそるおそる指先を押し込むと、潤滑油のおかげか思っていたよりもすんなりと先端が沈み込んだ。
「っ、は……」
 まずは指の腹で円を描くように周囲を揉みほぐしてゆく。やがて皺の寄った中心部分が柔らかくほぐれてきたのを感じたカスパルは、こくりと唾液を飲み下して中指をゆっくりと埋めていった。
「くっ……ん……」
 痛みこそないものの、経験したことのない異物感にカスパルは思わず声を漏らす。
 熱くて湿った自身の体内に指先を包まれる感覚。リンハルトの中もこうなのだろうか、とカスパルは夢想する。この中に自身を埋めることができたなら、一体どれだけ心地よいのだろう。
「はっ……あ、リンハルトっ……」
 カスパルは呼吸の合間にリンハルトの名を呼びながら、初めて自身の体内に侵入した異物を馴染ませるように指を動かす。しばらくすると潤滑油が馴染み、指が滑らかに動くようになった。
 頃合いを見計らって二本目の指を挿入する。圧迫感が先ほどよりも増したが、痛みは感じなかったためゆっくりと押し進めていく。空いている手は自然と自身の性器へと伸び、先走りを零すそれを包むようにして握り込んだ。
「あ、くっ……はぁっ……」
 リンハルトとの行為を想像するうちに、いつの間にかカスパルの秘所は二本の指を難なく飲み込めるほどになっていた。指を動かすたびに潤滑油が空気と混ざり合い、にちにちと粘ついた音を立てる。
「はっ……リンハルトっ……!」
 頭の中に浮かぶリンハルトの顔に向かってそう叫ぶと切なさにも似た感情がこみ上げてきて、カスパルは無我夢中で性器を扱き上げた。
 妄想の中のカスパルはリンハルトを抱いている。だが、カスパルの性器を愛撫している手もまたリンハルトのものであり、カスパルの後孔を貫いているのもリンハルトの性器だった。
 その矛盾に気が付かないほど愚鈍なカスパルではなかったが、だからと言って空想を止めなければならない理由もない。
「あっ、やっ、リンハルトっ……もうっ……!」
 空想のリンハルトが達したとき、カスパルの全身を甘い痺れが駆け巡り、秘所がきゅうっと締まる感覚がした。それと同時に性器からも白濁した液体が放たれ、掌から溢れたそれが敷布へと飛び散ってゆく。
「はぁ……はぁ……」
 荒い息を繰り返しながら身を起こしたカスパルは、寝台の上に飛び散った自身の精液を呆然と見つめた。
「……何やってんだよオレ……」
 排泄の穴で自慰をしてしまったという罪悪感にカスパルは頭を抱える。男として何か取り返しのつかないことをしてしまったような、越えてはならない一線を越えてしまった気がしてならなかった。
「どうすっかなあ、これ……」
 カスパルは寝台の横にある棚からちり紙を取り出し、自分の手と敷布に飛び散った液体を拭き取る。そして、この潤滑油をどうするか迷ったのちに、同じ棚に突っ込んでしまった。



 リンハルトは掌の中にある容器を眺めながら、なかなか進展しない恋人との情事に思いを馳せていた。
 カスパルは、リンハルトに体を触れられること自体は好んでくれているとは思う。しかし、なかなか触れる以上の行為には発展せず、リンハルトは日に日に想いを募らせていた。
 カスパルと触れ合うほどに、彼と体を繋げたいという欲求は膨らんでいく。
 敏感な部分に触れながら優しく声をかけると、カスパルはくすぐったそうに身をよじって目を細める。それが愛おしくて声をかけ続ければ、カスパルはそれに反応するようにリンハルトの掌に熱を吐き出した。
 カスパルとは長年幼なじみとして共に生きてきて、お互いにいろんなことを知り尽くした間柄だ。
 とはいえ、性行為のときの艶かしい姿は未知数であり、幼なじみにまだ知らぬ面があることをリンハルトは嬉しく思っていた。そして、その姿をもっと見たいと切望していた。
 リンハルトは少し内容物が減った潤滑油を眺めてため息をつく。
 いつでもカスパルを抱けるように、彼と同衾するときは常に潤滑油を用意していた。そして、いつでもカスパルに抱かれてもいいように、自分の後孔もしっかりとほぐしている。
 しかし、準備を万全にするばかりでまったく進展しない関係に辟易してきたのも事実だった。
 リンハルトは潤滑油をしまってある棚に目をやる。
 この潤滑油の中身が半分以下になったとき、まだこの関係に進展が見られないようであれば、自分からカスパルに迫ってみよう。
 リンハルトはそう決意し、手にしていた潤滑油を棚の中へと戻した。

「リンハルト、最近なんか悩んでねえか?」
 ある日の夜、寝台の上でまどろんでいると、隣で寝転んでいたカスパルが不意にそう切り出した。
 リンハルトは目を丸くし、怪訝そうに見上げてくるカスパルの顔を見つめる。
「どうして?」
「いや……なんつうか、このところしけた顔してるだろ」
 カスパルに指摘され、リンハルトは思わず自分の頬に手を伸ばす。顔に出てしまうほど悩んでいたつもりはなかったが、鋭いカスパルには見抜かれてしまったのだろう。
「あ、いや……別に、お前が言いたくないならいいけどよ」
 リンハルトの沈黙をどのように受け取ったのか、カスパルは慌てた様子で取り繕った。そんな姿すらいじらしく思えて、リンハルトは口元を緩めてカスパルの頬に手を添える。
「そうだね……少し、悩んでいるかな」
 リンハルトが素直に認めると、カスパルはぴくりと肩を震わせた。そして身を起こして真剣な眼差しでリンハルトを見つめてくる。
「ごめんね、大したことじゃないんだ。ただ、もう少し進展があってもいいんじゃないかと思ってね」
「進展?」
 きょとんとして首を傾げるカスパルに、リンハルトは柔らかな表情を保ったまま頷く。
「そろそろ、君ともっと深い仲になりたいんだけど……君はどうかな?」
「あ……」
 リンハルトの直球な言葉にカスパルは顔を赤くした。そして視線をさまよわせ、しばらく逡巡したあとで枕元の棚から何かの容器を取り出す。
「……これは?」
「潤滑油……だけど……」
 リンハルトが訊ねると、カスパルは消え入りそうな声でそう答えた。
 まさかカスパルがそんなものを所持しているとは思わず、リンハルトの表情が無意識のうちに固くなる。容器の中身は半分ほどまで減っていて、幾度か使用したのであろう痕跡が見て取れた。
「その、バルタザールがくれたんだよ」
「バルタザールが?」
 カスパルの口から出た名前にリンハルトは眉を顰める。
 それはバルタザールがカスパルにいらぬことを吹き込んだのではないかという憂慮からの反応だったのだが、カスパルはリンハルトが機嫌を損ねたと勘違いしたらしく慌てて弁明を始めた。
「いや、別に変な意味はないぜ? あいつはただおせっかいでくれただけで……その、ちょっと減ってるけど、自分でするときに使っただけだからな」
 カスパルは早口でまくしたてると、照れ隠しのように顔を背ける。
 その言葉を聞いたリンハルトの脳裏に浮かんだのは、あらゆる方法でそれを『自分に』使用するカスパルの姿だった。
 自慰もおぼつかないはずのカスパルがまさかそんなことを――という卑猥な期待と共に、そのように使用したとは限らないという冷静な思考がリンハルトの脳裏に思い浮かぶ。
「えっと……つまり、君はこれを自分で使って、その……後ろの準備をしていたということ?」
 リンハルトがおずおずと訊ねると、カスパルはますます顔を赤くして小さく頷く。
「いや、その、オレはどっちでもいいんだけどよ。でも、お前が上をやりたがる可能性もあるかなって……」
 もごもごと説明するカスパルに、リンハルトは言いようのない愛おしさを感じていた。自分の一方的な欲求ではなく、カスパルもそれを望んでくれていることがたまらなく嬉しかったのだ。
「ふふっ……嬉しいな。僕もね、同じこと考えてたんだよ。ほら」
 リンハルトは自分が持っていた潤滑油の容器を懐から取り出してカスパルに見せる。中身が半分ほど減っているそれを見たカスパルは、リンハルトと似たような想像をしたのか更に顔を赤く染めた。
「君の準備ができたなら……次に進んでもいいかな?」
 リンハルトが耳元で問いかけると、カスパルは少し緊張した面持ちで首を縦に振る。
 そんな愛しい幼なじみを見下ろしながら、リンハルトはそっとカスパルの体を抱き寄せた。

 避妊具を買う話


 夕飯の材料を詰め込んだ籠を手に下げ、カスパルとリンハルトは通い慣れたドラッグストアの店内を二人並んで歩く。
「えーと、あと何か買うもんあったか? あ、卵なかったよな」
 カスパルは手元のメモを見ながら生活用品を手に取り籠の中へと投げ入れた。順番など考えないものだから、野菜の上に飲み物が積み重なったりと乱雑になってしまっている。
「卵は後回しでいいよ。下に入れたら潰れちゃうでしょ」
 リンハルトは籠の中身を検め、カスパルが投げ入れた品を並べ直す。
 自室が散らかっているのは気にしないリンハルトだが、カスパルのこの頓着のなさはどうにも気になってしまった。
 そもそも、自室だって他人から見れば散らかっているというだけであって、リンハルトにとっては効率のいい場所に物を置いた結果としてああなっただけに過ぎない。
「……あ、あれも、もう少なかったよね」
 「あれ」と言いながらリンハルトが指し示したのは、避妊具や潤滑油が並ぶ棚だった。
 同性間での性交であっても衛生面を考えると避妊具は重要であり、二人は「ないときはしない」というルールを儲けたうえで行為におよんでいる。
「これでいいかな? このあいだ使ってみてよかったんだよね」
 リンハルトが手に取ったのは、表面が細かい突起に覆われているタイプの避妊具だ。この手の避妊具は外側にだけ突起があるものと両側にあるものが存在するが、これは外側だけのタイプである。
 先週だったか、興味本位で購入してみたそれの使い勝手を確かめるために、二人はトップとボトムを交代しながら互いに使用してみたのだ。突起で内壁を刺激される感覚は新鮮で、リンハルトとしてはなかなか悪くない使い心地だった。
 ただそれはボトムとしての感想であり、トップとして使用する場合には一般的な避妊具となんら変わりないのだが。
「……オレ、これあんま好きじゃねえ」
 カスパルはといえば、使う前は好奇心で目を輝かせていたものの、いざ使ってみるといまいちだったようだ。どうやら、刺激が強すぎるあまり快感より異物感のほうが勝ってしまったらしい。
「そっか。じゃあ、僕が下のときだけ使う用に買ってもいい? つけるのも嫌?」
「それなら構わねえけど」
 カスパルの承諾を得たリンハルトは避妊具の箱をそっと籠に入れる。
「カスパル用のも買わないとね。カスパルはどれが好き?」
「……普通のでいい」
 カスパルが指し示したのは、なんの変哲もないノーマルなタイプの避妊具だった。
 「極薄」「つぶつぶ」「温感ゼリー付き」といった文字で装飾されたパッケージが多い中で、全体的に白いその箱は見た目の地味さから若干浮いている。
「どうせなら味付きのにしない? これとかおいしいよ」
 リンハルトは棚からもうひとつ避妊具の箱を手に取った。蝶々が描かれた優雅なパッケージの裏側には、「ストロベリーフレーバーゼリー付き」という文面が書いてある。
 性器や排泄器官に味覚があるはずもないので、味付きということはつまり口でするときに使うということだ。リンハルトは、口でするのも好きなほうだった。
 挿入時は先程のつぶ付きの避妊具を付けてもらうとして、口でする場合はこっちのほうを付けてほしい。形状はノーマルタイプと同じだし、カスパルがボトムをする場合であっても邪魔にはならないだろう。
 そういう意味での提案だったのだが――
「それ、甘すぎるんだよな。オレはラムネのやつがいい」
「……そう? じゃあそっちにしようか」
 カスパルの要望に応えて、リンハルトは手にしたストロベリーフレーバーの避妊具を棚に戻し、少し離れた位置に陳列されていたラムネフレーバーの避妊具を籠に入れる。
 味を希望してくるということは、カスパルも咥えてくれる気があるということか――リンハルトはそう思いつつも、カスパルの機嫌を損ねたくないので口にはしないでおいた。

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